No.16
人間対猛獣2・カール・アケレイ対豹


↑カール・アケレイと彼が仕留めた豹(「人と猛獣の戦い」小原秀雄 昭和46年KKベストセラーズより)

しかしユージン・サンドーのライオンとの対決に水を差すつもりはないが、
サーカスの檻の中という限定された空間、
肉食獣最大の武器である牙と爪を封印された中での格闘は
やはり野生動物との突発的な遭遇から始まった格闘とは別物だろう。
次に野生下での肉食動物と人間の格闘の例を挙げる。
これは文字通り勝者のみが生き残る命を賭けた『死闘』だ。
主人公はカール・アケレイという名のアメリカの標本造りの名人。
標本というのは野生動物のものである。
つまりは彼はハンターだ。

1896年、アケレイはニューヨークの博物館の標本収集のために東アフリカに渡った。
ある夕方、標本として射ちとめたハイエナの死体が盗まれていた。
藪の中で影が動いたので犯人かと思い発砲した。うなり声で犯人はヒョウだとわかった。

「傷ついたヒョウは、よく逆襲してくる。アケレイはその場から後退した。干上がった川を越え逃げようとしたのだ。
と、ヤブの中にヒョウがひそんでいるのがみえた。
アケレイはまた発砲したが、暗くて狙いがそれ、ヒョウは猛然と襲いかかってきた。黒人の助手は逃げてしまった。」
「アケレイはとっさに体をひねった。それでもヒョウが手負いでなかったら、ヒョウは彼のノドに咬みかかったと思われる。
が、ヒョウの狙いはそれ、右腕にかじりつき、鉄のような爪が胸にささった。
アケレイは左手でヒョウのノドをつかみ、グイグイしめ、右腕をアゴから外そうとした。
このまま両者、横倒しとなり、砂の上をごろごろころがるうち、ヒョウは苦しくなって右腕をはなした。」
「アケレイは、まるでハンバーグのようになった右腕を、グイとヒョウの口の中に突っ込み、左手でのどをしめ、
さいごにヒョウをくみしき、ひざでヒョウの腕(註1)を力一杯おしつけた。
アバラをくだこうとしたのである。」
「おどろくなかれ、ついにアケレイはヒョウのアバラを折り、ヒョウは血のアワをふいてピクピクと動くだけとなった。
ようやくもどってきた黒人の助手からナイフを借り、アケレイはヒョウにとどめをさしたのである。」
「ヒョウが負傷していなかったら、いくらアケレイが気力体力抜群でも、危なかったにちがいない。
しかも相手がヒョウでなく、ライオンやトラだったら、やはりだめだったろう。
それにしても素手でヒョウを倒した人間がいるのだからすさまじい。」

アケレイはニーオンザベリーの体勢から両膝でヒョウのあばら骨を押し潰したか
あるいは肺を圧迫しての窒息で勝ったようである。
この文章を始めて目にしたとき筆者は小学生だったが、
改めて読み返すとどこかで同じような文章を目にした記憶がよみがえってきて調べてみた。
流智美氏のルー・テーズへのインタビューの中で、
テーズがカール・ゴッチから聞いたゴッチ流?の『犬の殺し方』について語るシーンだ。

「(前略)この日も試合前の控え室でね、“犬に噛みつかれたときに、どうやったら簡単に犬を殺せるか”
なんてことを長々と私に説明するんだよ。」
「『ルー、覚えておいて損はない。犬に噛みつかれたら、犬の前足を握って仰向けにし、思いきり自分の両ヒザを犬の胸に落とすんだ。
そうすれば簡単に死ぬんだよ』ってね。」

四足歩行のイヌ・ネコ科の哺乳類の解剖学的身体構造については知識が不足しているが、
四足歩行では仰向けに倒れることさえなければ相手に弱点である胸や腹をむけることはない
(通常の姿勢で胸部、腹部を相手に正対させるのは完全二足歩行の我々ホモ・サピエンスだけである)。
そう考えると常に大地と正対していて通常の姿勢からでは攻撃しづらい胸部、腹部は案外脆弱な構造なのかもしれない。
肉食獣は獲物を捕食することに重点を置いた進化を遂げているはずだから牙、爪などの武器、捕獲のためのスピードなどが重要視されるはず。
だからスピードを殺される装甲のほうは犠牲にしなければならない進化の道を進んだのだろう
(草食獣はその逆で同じスピードでも馬やカモシカのような逃げるためのスピード、
ディフェンスとしての牛の角、犀の装甲、象の巨大化、などの方向で進化したものと思われる)。
そういうわけで時代・職業を超えた二人のカール、
アケレイとゴッチが自分より体重の軽い四足歩行の中型食肉目の猛獣を殺すにあたって
「仰向けにしてからのアバラ骨へのダブルニー」がまことに有効な手段であるということを証明してくれた次第(笑)。

(2003・0706)
参考、引用
小山内宏・小野満春他「世界最強事典」中、「ヒョウに勝った男」昭和49年KKベストセラーズ
別冊宝島179「プロレス名勝負読本」中、流智美「神様ゴッチは変人だった」1993宝島社

(註1)胸の誤植か。

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