No.149 【情報求ム】 ビル・ロビンソンinネパール


↑別冊ゴング昭和52年1月号より

千里眼との長年の研究題材の一つに
「ビル・ロビンソンのネパールでの御前試合」というものがある。
日本では国際プロレスに始まって
ワン・シリーズの新日本プロレス参加でアントニオ猪木との歴史に残る名勝負を戦ったのち
全日本プロレスに参戦したイギリスの強豪、
「人間風車」ビル・ロビンソン。
そのロビンソンが神秘の仏教国ネパールの首都カトマンドゥーにて、
当時の国王の前で非公開の試合を行ったという事実があるようだ。
その日はネパールでは「ロビンソンの日」として記念されているとの話も。
久住昌之氏のHPにも「タモリ倶楽部」でロビンソンと会食した時にこの話を聞いたと記載されている(99年7月の日記)。
国際情勢にくわしいMMさんがネット検索で調べてくれた情報などで確認されたことは・・。

ST.XAVIER'S schools(註:聖ザビエル学校、か)のHPには以下の記述が。

62  Wrestling Tournament started after British wrestler Bill Robinson visited.

「62年、イギリスのプロレスラー、ビル・ロビンソンが当地を訪問し、この年からレスリングのトーナメントが開催されるようになりました」

人間風車の来訪を記念して行われるようになったトーナメントが「ビル・ロビンソンメモリアル」という名称かどうかは不明だが。

「さらに見つかりましたよ。これ ↓

“ He even invited the famous boxer Bill Robinson, the British star wrestler of that time to come and teach pointers to wresting young boys at Godavari.

イエズス会のユージン・ワトリンという神父さん(アメリカ人)が、ネパールで20年教育事業に貢献したという文章です。文中に、この神父さんが「イギリスの当時のスターレスラー、ビル・ロビンソンをGodavari(学校の名前)の青少年に、レスリングに関する助言をするよう招待した」とあります(なぜかロビンソンの名前のあとではレスラーになってるけど、名前の前にはboxerとなってる)。」

前後の文章から判断するとロビンソンがGodavari.を訪れたのは60年代前半のよう。
ネパールを訪れた事実はあるようだが。

いったい御前試合はいつ行われたのか?何回行われたのか?
対戦相手は誰だったのか?
観衆は伝え聞くように国王ら王室関係者だけだったのか?
「ロビンソンの日」は何月何日なのか?

謎は尽きない。
この件について情報のある方はどうか教えてください。
(2004.0726)

参考:
nepalnews.com
ST.XAVIER'S schools
久住昌之のホームページ

追記:エンターブレイン社から発売されたロビンソンの自伝「人間風車(まんまじゃんか)」にこのネパールの記述が記載されていた。

「その後ネパールへ移動した私(註:著者であるロビンソン氏)は、
カトマンズでキングの前で試合を行った。
これはネパールの王がレスリングを見たことがないということで、
非常に限られた人々だけを招き、1000人ほどの観客の前で行われた。
ネパールにはアマチュアレスリングもなかったため、その試合のあと、私は要請を受けて週に3回、
3ヵ所の孤児院を回り、1ヶ月間にわたって子供たちにレスリングを教えることになった。
そしてのちネパールでもレスリングの試合が行われるようになったのだが、
なんとそれをキッカケに年に一度
「ビリー・ロビンソン・スポーツデイ」というものが制定されたのだ。
ちょっと照れくさい話だがこれは本当の話で、
十数年ほどに向こうに行った人間とそんな話をしたときには
「まだ、その日はあった」
と聞いたのだが、現在はどうなっているのか定かではない」

「ネパールにはアマチュアレスリングもなかったため」の記述から推測するに地元の選手ということはないだろう。
そうなると対戦相手は帯同したヨーロッパのレスラーの可能性が高いと思う。
(2004.1030)

ウィキペディアによると62年当時のネパール王は
第9代マヘンドラ・ビール・ビクラム・シャー・デーヴ(在位1955年 - 1972年)。
(2007.0521)

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