No.58
維新軍→ジャパンプロレスの胎動。新日本プロレス「プレ日本選手権第23戦(最終戦)」プレ日本選手権優勝戦
新日本プロレス 「プレ日本選手権第23戦(最終戦)」
1978(昭和53)年12月16日 東京・蔵前国技館
同行者=元同級生数名
外国人選手が一人も出場しなかったという当時としては珍しい興行。
「プレ日本選手権」と銘打たれたこのシリーズ全体を通してみても
12月14日の大阪大会にWWWF王者ボブ・バックランドが1日だけ特別参加して猪木を相手に防衛戦を行っただけ
(結果はフリー日本人選手の「狼軍団」乱入でなぜか猪木のリングアウト勝ち、21分12秒、当然タイトルの移動はなし)。
第三試合の剛竜馬、この年国際プロレスを脱退してフロリダのH・マツダの元に身を寄せている。
その後藤波のWWWFジュニアヘビー級王座に二度挑戦、善戦しながらも連敗するが
この日はノンタイトルで星野勘太郎に完敗。先が見えたかと思われたがしかし・・・。
藤波対斉藤はいい試合でグラウンドに斉藤のうまさが目立った印象が残っている。
場外の斉藤に藤波のドラゴンロケットが決まったが、その直後斉藤のひねりが入ったバックドロップが場外で爆発しそのまま両者リングアウト。
第六試合、当時国際プロレスの精鋭だったアニマル浜口と寺西勇が登場、長州、木戸の新日本コンビと激突。
寺西と木戸のジャーマンの応酬、30分時間切れ白熱の好勝負。
木戸はこのシリーズのリーグ戦、テレビ生中継の試合で長州に回転エビ固めでフォール勝ちする好調さ。
長州と浜口はおそらくこれが初遭遇。
そしてマサ斉藤の存在、初のフリー日本人選手の軍団「狼軍団」。
この大会に維新軍ひいてはジャパンプロレスのルーツがあったのは間違いないところだろう。
決勝戦猪木対マツダの試合はリング下に新日本の選手と狼軍団のメンバーが陣取って異様な緊張感をかもし出していた。
マツダはちょっと年?だったかうまさは感じたが力強さに欠け
猪木のように観客にストレートにアピールできるキャラクターを感じることはできなかった。
なおこの日の4、5、7、8試合は三協映画「格闘技世界一・四角いジャングル」に収録されている。
(1984年6月頃のノートを元に再構成、2003・0830)
新日本プロレス「プレ日本選手権第23戦(最終戦)」
1978(昭和53)年12月16日 東京・蔵前国技館
観衆7千人(満員)
1.15分1本勝負
○魁(メキシカン・ストレッチ、11:24)平田●
2.20分1本勝負
○永源、栗栖(片エビ固め、17:06)荒川、G.高野●
3.20分1本勝負
○星野(逆さ押さえ込み、9:40)剛●
4.30分1本勝負
○S.小林(反則、9:05)T.杉山●
5.30分1本勝負
▲藤波(両者リングアウト、11:54)M斉藤▲
6.30分1本勝負
△長州、木戸(時間切れ引き分け)A.浜口、寺西△
7.45分1本勝負
○坂口(反則、6:38)上田●
8. プレ日本選手権優勝戦(60分1本勝負)
○A.猪木(卍固め、23:06)H・マツダ●
*猪木が優勝。
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