No.64
キースおやじにどっちらけ。新日本プロレス「サマー・ファイトシリーズ第26戦」

新日本プロレス
「サマー・ファイトシリーズ第26戦」
1980(昭和55)年7月17日 東京・蔵前国技館
同行者=なし



初の桟敷席による観戦。
というのも招待券が当たったからであった。
第6試合、木村健吾がタッグマッチながらアレンにフォール勝ちしたのは驚かされた。
このころアレンはすでに柔道スタイルから脱却してスキンヘッドでラフファイトを行っていた。
藤波のWWFジュニアタイトル戦は藤波の指の負傷により試合中止→王座返上という予定になっていたが
リング上での説明のとき藤波が直訴。
「試合をやらせてください!」
藤波は少し前までNWAインタージュニアも保持していたがこのタイトルは先に返上済みで
WWFジュニアが最後の一冠だった。
リング上に上がってきた猪木もすごい顔でもらい泣き。
というわけでタイトル防衛戦が急遽決まったが藤波は利き腕の右手が使えないのでヘッドロックもできない状態。
結局正面への蹴りから一瞬の首固めでフォール勝ちしたが、この試合終止大声でキース・ハートを応援している客がいてなんだかしらけた。

猪木対シンは当時シンが保持していたUWA世界ヘビー級王座をメキシコにおいて猪木が奪取、
前王者シンを迎えての初防衛戦という新局面。
ゴング前なぜかザ・シークばりに神への祈りをささげていたシンが灰で猪木に目潰し。
それからメキシコの対決でも披露して1本目猪木を失神させた首4の字へ。
序盤攻め込まれた猪木だったが最後はリング中央のシンにコーナーポストからのドロップキックを決めフォール勝ち。
この一戦の後猪木は反則負けでシンに王座を奪回され、以後両者のシングル戦は猪木の反則負けというスコアが目立つようになる。

(追記)
キースおやじはどういう気持ちでキースを応援していたのだろうか。
負傷を逆手に取ってのお涙頂戴アングルへの反発だったのだろうか、謎だ。

(1984年6月頃のノートを元に再構成・2003・0907、追記は2003・0914)

新日本プロレス「サマー・ファイトシリーズ第26戦」
1980(昭和55)年7月17日 東京・蔵前国技館
観衆8000人

1.15分1本勝負
○斉藤弘(片エビ固め、12:03)保永●

2.20分1本勝負
○G高野(片エビ固め、9:30)平田●

3.20分1本勝負
○藤原(体固め、11:50)荒川●

4.20分1本勝負
△星野、木戸(時間切れ引き分け)剛、永源△

5.30分1本勝負
○S小林(背骨折り、7:22)ゲシュタポ●

6.45分1本勝負
○木村健、長州(回転エビ固め、12:27)ブレット・ハート、B.アレン●

7.60分1本勝負
○上田(反則、2:56)坂口●

8.WWFJ・ヘビー級選手権(61分1本勝負)
○藤波(首固め、8:20)キース・ハート●
*藤波が12度目の王座防衛。

9.UWA世界ヘビー級選手権(61分1本勝負)
○A猪木(体固め、12:02)T.J.シン●
*猪木が王座初防衛。


生観戦記1980に戻る
SAMEDASU扉に戻る

web拍手 by FC2