No.305
第12回全日本サンボ選手権
「初代タイガー」佐山直前で出場回避、谷津・強豪戸川らとの対決は幻に



全日本サンボ連盟「第12回全日本サンボ選手権」
1986(昭和61)年4月13日 東京・後楽園ホール
同行者=千里眼(他にいたかもしれない)

当初、元初代タイガーマスクの佐山サトルが90kg以上級にエントリーしていて
どんな試合になるのかと期待した。
谷津嘉章が、佐山の出場を東スポの紙上で非難し(註1)
「本当に佐山が出場するのなら自分が対戦してやる」と息巻いていた。
谷津の言い分は「佐山が出場する90kg以上級に出場が予定されている某大学の柔道選手は
ある筋からギャラを提示されている」疑惑があるというもの(註2)。
また佐山が興した新興格闘技シューティングの宣伝のために
全日本サンボ選手権が利用されてしまうのではないかという懸念。
この事が自分も関わっているアマレスにも影響が出る危険を感じての発言だそう。
谷津は紙上で「佐山相手なら30秒で充分だ」と発言(註3)。

しかし佐山は大会当日、柔道からの即席転向選手がプロと対戦することについて
対戦相手側のアマチュア資格が問われるという理由のため、自主的に選手権出場を辞退。
2回のエキシビジョンで専修大の田中という選手を相手に飛びつき逆十字、ビクトル投げを披露するに留まった。
当日のパンフには最重量級の90kg以上級に佐山の顔写真が載っていて
プロフィールの欄、他の多くの選手の略歴が「○○年○○大会優勝」などで
種目もサンボ、レスリング、柔道なのに
佐山は「初代タイガーマスク」とか
「WWF・NWAジュニアヘビー級チャンピオン」という次元の違う内容が記載されていて笑った。

大会は柔道、アマレスからの即席転向組が多かった。
中にはサンボ着ではなくて柔道着を着てきて、
審判から指摘されて控室に戻って着替えなおして出てくる選手もいた。
そんな中、佐山もエントリーしていた90kg以上級に、異彩を放つ選手が。
ピンクの道着を着た戸川はカニバサミを連発、相手の足を逆片エビのように極めるホールドも見せる。
所属は「東京拘置所」。看守をやってらっしゃるのか。
圧倒的かつ独特の技で勝ちまくる戸川。
準決勝ではプロレスでいうクルスフィック・ホールドのような技で
対戦相手をがんじがらめにしてギブアップ勝ち。
「何だ今の技は!」興奮する鮫と千。場内放送では決まり手は「ネルソン・ホールド」と発表される。

戸川はこの後の決勝も危なげなく勝って優勝。
佐山がこの戸川と対戦していたらどうなっていたか。
パワーではプロの佐山が上だと思うが
こと着衣のサンボにおけるスピード、テクニックでは戸川の方が上だったのではないかという気もする。
もし佐山が公式戦に出場して戸川と対戦していたら、今の修斗や掣圏真陰流はどうなっていただろうか。
また戸川はこれ一回でその後まったく見る事がなかった。まさに幻の格闘家か。
・・・憶測だがあるいは戸川は初めから佐山に対するストッパーとして出場したのかも知れない。

(2007.0407)

追記:終了後千里眼と上野のD行って飲んでたら店のテレビに
「元横綱・輪島がプロレス転向」の報道。
新しい時代の到来?と話した記憶が。

註1:86年3月20日発行1面。
註2:選手はこの話を断ったと報道にはある。
註3:実際には谷津は大会にエントリーしなかった、
また逆にこの発言が自身が同年の6月に出場する
全日本アマレス選手権の宣伝の効果があるのでは?という気もした。

全日本サンボ連盟「第12回全日本サンボ選手権」
1986(昭和61)年4月13日 東京・後楽園ホール
観客数不明(但し見た目は満員)

*各階級優勝者
52kg級    宮原稔(専修大)
57kg級    小林佐右長(東海大)
62kg級    関水大八(東海大)
68kg級    古賀肇(スーパータイガージム)
74kg級    片岡広行(東海大)
82kg級    豊田 元(東海大)
90kg級    三上寿仁(三井生命)
90kg以上級 戸川拓洋(東京拘置所)




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