No.320
ビートたけし&TPG登場で国技館暴動
新日本プロレス’87イヤー・エンド・イン国技館
新日本プロレス「’87イヤー・エンド・イン国技館」
1987(昭和62)年12月27日 東京・両国国技館
同行者=千里眼(他にいたかも知れない)
会社の納会と重なってようやく脱出して第4試合の途中から観戦。
第4試合は当時両者が練習していた「骨法対決」。似たような構えからの掌底攻撃。
第7試合の馳は驚異的な王座奪取、しかも自分のオリジナル技での勝利。
正に破格のルーキーだった。
UWF同士によるIWGPタッグ戦終了後、たけしプロレス軍団(以下TPG)とビッグバン・ベイダーが登場。
TPGはビートたけしのラジオ番組で企画された「プロレス団体」。
実際に入団テストが行なわれ、現・邪道、外道、S.デルフィンらが合格していた。
TPG、たけし軍団のガダルカナル・タカとダンカンは12月4日の国技館大会においてリング上で猪木に挑戦状を渡していた。
しかし実際に組まれたカードには猪木が入ってなく、タカとダンカンは猪木との対戦を要望。
ベイダー入場の曲はレインボーの「アイズ・オブ・ザ・ワールド」。
ホルストの「惑星」を冒頭に引用したこの曲は宇宙的なイメージが強く、
宇宙からの侵略者をモチーフにした(らしい)ベイダーにはこの曲がいいな・・・、と思っていたら本当に掛かってしまった。
リング上には黒のコートでポケットに手を突っ込んだたけしと軍団、TPGの参謀格のマサ斉藤、甲冑をかぶったベイダー、
そして対戦相手の藤波、健吾組。
たけしは場内の歓迎されざる空気を察知してか、苦しい表情。
タカがマイクアピールをする。
タカ「みなさん、われわれはたけしプロレス軍団、TPGです。
今日は約束どおりアントニオ猪木の刺客として、このビッグバン・ベイダーを連れてきました。
先日猪木さんは我々の挑戦を受けてくれたはずです、出てきてください」
ここで場内からブーイング、当然観客は3年4ヶ月ぶりに実現する猪木‐長州のシングルマッチを期待している。
ダンカン「あんたら、猪木の逃げる姿を見に来たのか?
あんたら、猪木を卑怯者にしてもいいのか?やらせろ、やらせてください、やらせてくれー!」
やはり場内からブーイング、物もリング内に投げ込まれる。
マサ斉藤「イノーキ!これと闘え!俺がわざわざアメリカから連れてきた男だ。
怖いか!イノーキ、出て来い!イノーキ!」
木村健吾「(直接ビートたけしに)たけし、俺たちじゃ不足か!」
たけし、健吾のマイクアピールを無視。
ここで長州力がTシャツ姿で登場。
長州「何でこんなことやらなきゃいけないんだ、マサさん」
斉藤「必ず今度(猪木戦を)やらせるから」
ここで遂に猪木が登場。
猪木「(ベイダーに)いいからそのかぶり物を取れ!」
猪木の言う「かぶり物」とは勿論ベイダーの甲冑のことである。
猪木がマイクを持つ。
猪木「よーし、斉藤このヤロー、受けてやるこのヤロー、
(客席に向かって)どーですか!
任せろ、俺に、おまえら下がれ。ベルト持って来い、
待て待て待て待て・・・てめーら、こんなことされて黙っているのか!
このヤロー、よーし斉藤、受けてやるぞこのヤロー!」
TPG&斉藤の挑発に乗って挑戦を受けてしまった猪木。
ちなみに後世にはこの時のセリフが「お客さんどうですか」として記憶されているが
猪木は「お客さん」はつけておらず、R木村の「こんばんわ」と同様これには脚色が入っている。
試合は強引に「猪木‐長州、ベイダー、斉藤‐藤波、健吾」から「猪木‐ベイダー、長州、斉藤‐藤波、健吾」に変更されてしまった。
客席は大ブーイング。いくら猪木の強権発動といってもこんなに強引にカードを変更されてはファンとしてもたまったものではない。
入場料は払っているのだ。
これでたけし&軍団はベイダー・斉藤らとともに退場し、たけしらはその後は登場しなかった。
たけしは結局一言も発せず。場内の雰囲気に圧されて終始覇気のない表情だった。
猪木も退場、しかし場の雰囲気を感じ取る感性においては高いものがある猪木は、
この時の場内の雰囲気を感じて「失敗したか?」と思ったかどうか。
そして長州、斉藤‐藤波、健吾戦が強引に行なわれた。
ゴングと同時に客席からは「やめろ!やめろ!」やめろコールがすごい勢いで発せられ
リング内にはゴミがどんどんどんどん投げ込まれた。
こんな試合は初めて見た、観客が観ることを拒否している異常な試合である。
長州がサソリ固めを出すがやめろコールは消えず、殺気が増す客席。
場の雰囲気を察した?健吾がリキラリアートであっさりと寝て3カウント決着。
長州がマイクを持つ。
長州「みんな納得がいかないだろうけど、
頼むから試合だけはやらせてくれ。
猪木とは必ずやるから、猪木、出てきてくれ!」
これで客席は少し静かになる。
長州の「頼むから試合だけはやらせてくれ。猪木とは必ずやるから」という発言に猪木‐長州戦の可能性が残されたからだ。
しかし長州のニュアンスとしては
1.「頼むから試合だけはやらせてくれ」というコメントは「頼むから猪木戦をやらせてくれ」ということではなくて
「(猪木戦とは関係なく)試合の進行を妨げるようなこと
(やめろコール、物を投げ入れる行為)はしないでくれ」という意味ではなかったのか。
2.「猪木とは必ずやるから」は「今日これから猪木とやる」のではなくて
「いずれの日か改めて必ずやる」という意味ではだったのではないか。
長州のコメントは微妙なニュアンスが伝わらず、場内の混乱は続く。
長州が退場した後、猪木が再登場してリングでマイク。
猪木「皆さん、長州に5分間だけ時間を与えてください」
猪木はこの時点で長州戦をやらざるを得ない、と場内の雰囲気から読んだのではないか。
そして5分間の間で長州にもう一試合やることを了承させる。と同時にどんな試合にするか考える。
場内放送が入り、「猪木が長州、ベイダーと2連戦を行なう」と説明がある。
とりあえず猪木‐長州戦は行なわれることになった。場内の雰囲気が少し回復する。
猪木‐長州、試合は殺気を孕んだものとなった。
やはり5分間ではうまく話をまとめられなかったか。
なかなか組もうとしない猪木と長州。両者の間に割って入る高橋レフェリー。
レフェリーのシャツをつかむ長州、49年の猪木‐大木戦(レフェリー豊登)のような緊迫した空気。
間に入ったレフェリーを死角にするような位置から、猪木が延髄斬りを炸裂させる。
長州ダウン、猪木が長州の右目の上を蹴る。
11月19日、後楽園Hで前田に後ろから蹴られて骨折した箇所だ。
猪木さらに長州を場外に落として鉄柱攻撃、長州流血。
リングに戻って猪木が馬乗りになって上からパンチを落とす。
長州も下からパンチを返す。顔面にモロに入る。殺気がすごい。
長州バックドロップ。しかし自分の方がダメージが大きく、猪木が先に立ち上がる。
猪木ヘッドバットから卍固め、長州逃げられず。
ここで長州のセコンドの馳が乱入、猪木に殴りかかって卍をほどく。
ジャッジはセコンド馳の乱入で長州の反則負け、不透明決着に不満が溜まる客席。
すぐさまベイダーと斉藤が登場。
斉藤「イノーキ!この男と闘えるかー!」
ベイダーが甲冑をはずしている最中に猪木が突っかけ、背後からパンチを見舞ったところで開始のゴング。
長州戦で消耗している猪木は攻撃らしい攻撃が出来ず、ベイダーのラリアートでダウン。
ベイダーは背が高く肩幅も広く強そう。ベイダーヘッドバット。
猪木をリフトアップしてコーナーに叩きつけ、そこに助走つきのタックル。
うずくまる猪木、まったくいいところなし。
ベイダー、猪木を引きずり起こすとラリアート、さらにパワースラム。
これが決まってあっけなく3カウント。猪木惨敗。
ここで不甲斐ない敗北を喫した猪木に怒った観客が次々に立ち上がりだす。
飛び交う怒号、無人のリングに物が投げ込まれる。
帰ろうとする客が少ない、多くの客が不満をぶちまける。
客の怒りは収まらない。
田中リングアナがリングに上がって土下座。
田中リングアナ「お願いですから今日のところは帰ってください・・・。
国技館が使えなくなってしまいます、お願いです(涙声)」
しかし田中リングアナ涙の土下座にも客の怒りは収まらない。
ようやく猪木が登場してマイクを握る、が・・・
猪木「えー・・・、みなさんありがとう」
問題の当事者の見当違いな発言が観客の怒りに油を注いだ。
客は再び怒り、国技館内は破壊されリングに物が投げ続けられた。
新日本は59年第2回IWGP決勝戦に続く不祥事で国技館使用停止、
場内の備品破損で損害賠償を日本相撲協会から請求されたらしい。
帰り際の客の叫び「前田、何とかしてくれ」
そう・・・前田日明は長州への顔面攻撃事件で欠場中だった。
20年を経た今思うと、「猪木‐長州、ベイダー」の2連戦は順番を変えて進行すればよかったのではないだろうか。
つまりベイダー戦を先に行なって、いきなり今後目玉商品として育てていくベイダーに傷をつけるわけには行かないから
ベイダーが散々いいところを見せて両者リングアウトかベイダーの暴走反則負け。ここでベイダーが猪木に勝ってしまうと長州戦につながらないので。
それで最後に猪木‐長州戦が行なわれ、一試合休んでいる長州がラリアートで、ベイダーの攻撃で疲れが見える猪木からフォール勝ち。
これが一番素直な流れだと思う。
当時はまだ長州は猪木に勝利しておらず、連続2試合目で疲れていたと言われれば猪木の敗北も理由付けが出来るし、
長州勝利と言う意外性もあって客は納得して帰るのでは。
まあこれも全て推測だが。
個人的には、殺気を帯びた猪木‐長州戦が不透明決着を別にすると気に入った。
が、いずれにしてもプロレスに芸能人を参加させるという実験的なイベントは大失敗に終わった。
また資料とした別冊宝島の「イヤー・エンド・イン国技館は早すぎたハッスル」という意見も正しいと思う。
猪木は引退後2000年の「第2回メモリアル力道山」エキシビジョンマッチでジャニーズ事務所の滝沢秀明とも対戦していることもあり
もしかしたらプロレスラーと芸能人が対戦する、というハッスルのコンセプトはこの日の出来事と猪木に由来するのかも知れない。
そう・・・日頃ストロングスタイルを標榜しているが、実は猪木こそハッスルの父なのかも知れない(笑)。
追記:帰りに酒飲むところを探していたら立浪部屋の前を通った。
後で知ったことだが、この日横綱の双羽黒(北尾)が親方と揉め事を起こし部屋から脱走、
後日ち廃業となる事件が発生していた。
国技館で暴動が起こった日に
のちの「プロレス界の問題児」も産声を上げつつあった。
(2007.0722)
参考資料:東京スポーツ
別冊宝島1126 プロレス名言・暴言大全集 2005年宝島社
新日本プロレス「’87イヤー・エンド・イン国技館」
1987(昭和62)年12月27日 東京・両国国技館
観客1万1090人(超満員札止め)=主催者発表
1.15分1本勝負
○佐々木健介(逆片エビ固め、11:31)松田納●
2.15分1本勝負
○野上彰(片エビ固め、11:11)安生洋二●
3.20分1本勝負
○保永昇男(首固め、13:21)B.キャット●
4.20分1本勝負
○山田恵一(エビ固め、10:31)船木優治●
5. 30分1本勝負
○後藤達俊(片エビ固め、9:33)小杉俊二●
6.30分1本勝負
○越中詩郎、G.高野(首固め、10:04)S.S.マシン、H.斉藤●
7.IWGPJ.ヘビー級選手権60分1本勝負
○馳浩(ノーザンライト・スープレックスホールド、17:03)小林邦明●
*馳が日本デビュー戦で王座獲得、第5代王者。
8.IWGPタッグ選手権60分1本勝負
▲藤原喜明、山崎一夫(両者フェンスアウト、21:47)木戸修、高田伸彦▲
*藤原組が2度目の防衛。
9.60分1本勝負
○長州力、M.斉藤(体固め、6:30)藤波辰巳、木村健吾●
*B.V.ベイダー、M.斉藤対藤波辰巳、木村健吾から変更。
10.時間無制限1本勝負
○A.猪木(反則、6:06)長州力●
*当初のIWGP戦はなぜか中止。
11.時間無制限1本勝負
○B.ベイダー(体固め、2:49)A.猪木●
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