No.26 木村健吾

(S28〜、日本→新日本)

健吾のやられっぷりのよさだと俺は大阪臨海スポーツセンターでの
「R.ボック来日第 1戦」だな!
秒殺!
バックドロップ喰らって、コーナーにハンマー・ホイップでたたきつけられて、
人間風車。
1898年4月30日の「恐怖のトルコ人」ユーソフ・イスマイロロ対アーネスト・ローパーのワンサイドマッチ
(ユーソフがローパーを4本のコーナーにたたきつけて4分間で4本のポストすべてを破壊してしまった)が
このようなものではなかったか、と想像してしまう。

それから、「反選手会同盟」は好きだったな!
越中、健吾、青柳の組み合わせがベスト。
のちのちの「平成維震軍」になると人数ばっかり多くてなんかインパクトが薄れ たような感じがした。
WARと構想を展開して天龍まで引っ張り出したのはすごかった。
国技館2連戦の2日目のメイン!6人タッグ!
でも健吾は石川の膝蹴りが顔面に入ってグロッギー、負けちゃいました。

健吾の異種格闘技戦!
INOKI闘魂LIVE大阪大会の相手はマーシャル・アーツのケリー・ウイル ソン!でかい空手家だった。
ユキーデのジェット・センターで打撃の練習をつんできた健吾は善戦するかと思 いきや、ウイルソンの本職の打撃の前にKO負け寸前。
一瞬のすきをついて相手の後ろに回ると、バックドロップ一閃!
立ち上がったところにパンチ1発!逆転KO勝ち!

でもこの試合で健吾人気が沸騰した、ということはなかった。

蔵前国技館でのチャボ・ゲレロ戦。
NWAインタージュニア防衛戦。
G誌は「女の子の黄色い声援」にペースを乱した健吾が場外でチャボのセントー ン喰らってリングアウト負けした、と
あたかも「女の子の黄色い声援」が敗因の ように書いていた、当時。
でもこの試合でチャボが全日本にベルト持ったまま転出して
(NWAのタイトルな のにリングアウトで王座が移動するのか、っていう」突っ込みもできる)しまっ たために全日本でジュニアの萌芽が起きた、
という歴史的な見方もできる。
意外と歴史的には重要な試合かもしれない。

いまスカウト部長なんだよな、確か。
この間2月に両国の新日本見に行ったとき、入り口はいってすぐのところで自分 の引退試合のチケット売ってた。
すこししぼんで見えた。

東京都体育館での新日本対UWFの5対5エリミネーションマッチの時!
健吾とアキラ兄さんの局面になった!
遠慮なしに回し蹴りをぶち込むアキラ兄さん!
健吾危うし!
アキラ兄さんの二ールキックが炸裂!
場外に落ちる健吾!
失格!
・・・ちょっと落ち方わざとらしかったよ。
やっぱり蹴りは喰らいたくないんかね。

あれだ、あれ!
新日本の2回目の東京ドーム!
WCWの選手が来れなくなって坂口と馬場が話し合って、全日本の選手の貸し出し が決定したとき!
あの時は健吾、木戸修組対ジャンボ鶴田、谷津組だ!
健吾はあの時、ジャンボ鶴田に稲妻をきめた!
あれ?谷津にだったか?
まあともかく新日本初登場のジャンボに対して臆することなく果敢に攻め続けた
健吾はあの試合ではかなりおいしいとこ取りだったぞ。
最後はジャンボに向けてマイクで再戦アピールまでやった健吾!

国際プロレスがまだあった時さあ!
後楽園での4大スペシャルマッチだかっていう大会がテレ東で放送されたときが あった。
で当時は新日本と国際は友好関係にあってその大会では永源と健吾が組んで、
アニマル浜口、マイティ井上の持つIWA世界タッグ王座に挑戦したんだけど、
健吾のプランチャーで浜口が足滑らせて転倒して場外で失神してしまって
(お客のこぼしたビールで滑ったという説あり)、大変なことになったこともありました。

国際のセコンドが総出で失神した浜口をリングに押し込む、
リングアウトにさせまいと(悲惨)。
それを見て激高?した新日本コンビが暴走して反則負け。

ところで永源と健吾って仲悪いんだって?

( 新演撃カフェ 2003/04/18 【7569】ほか )

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