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2010年
製作会社:若松プロダクション、プロダクション・スコーレ
監督:若松孝二
製作:尾崎宗子
脚本:黒沢久子、出口出
音楽:サリー久保田、岡田ユミ
出演:配役
寺島しのぶ:黒川シゲ子(久蔵の妻)
大西信満:黒川久蔵(四肢を失った傷痍軍人)
篠原勝之:クマ(少し頭の足りない?村の男)
主題歌:「死んだ女の子」
歌:元ちとせ
作詞:ナジム・ヒクメット
作曲:外山雄三
編曲:坂本龍一
日本語訳:中本信幸
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2010年9月4日、有楽町で見る。
意外にも、江戸川乱歩の短編小説「芋虫」の映画化だと思ってたら、
そういうクレジットはありませんでした。
ウィキによると、
「『ジョニーは戦場へ行った』と、江戸川乱歩の短編小説『芋虫』をモチーフにしたオリジナルストーリーである」
「2010年公開の映画「キャタピラー」も当初本作を原作としていると報道されたが、
著作権料などの問題によりそのまま映画化することが出来ず、
最終的には「乱歩作品から着想を得たオリジナル作品」として
クレジットから乱歩の名前を外した」
というのが真相だそう。
でもそういう言い方って著作権上いいのかなあ、とも思う。
「キャタピラー」は戦車とかのキャタピラの意味もあるけどずばり、芋虫のことだし。
まあ、気にせず進むことにします、キャタピラーのように・・・。
ということで内容は殆ど乱歩の「芋虫」がモチーフであり、
それに、より「ジョニーは戦場へ行った」的な反戦へのメッセージを加えた、という出来です。
ちなみに乱歩の「芋虫」は以前読みましたし(後述)、
「ジョニーは戦場へ行った」もテレビ放送時見て(その日ショックでか殆ど眠れず)、
そのあと小説を読みました(確か中学か高校生の頃)。
一番思ったのは自分があの境遇になったら、という恐怖ですね・・・。
もう一つ、コミック「はだしのゲン」の序盤でも四肢を失った傷痍軍人が
全身包帯だらけの姿で「軍神」と崇められ
近隣の人々はバンザイを続けるが、
本人は不自由な姿で生き続けることが苦痛で「殺してくれ」と呟くシーンがあるが、
こちらももしかしたらモチーフに関係あるかも。
確かに乱歩の小説は銃後の傷痍軍人夫婦のねじれた愛情の描写が主で
反戦のメッセージは物語の幕開け、傷痍軍人の存在のみに限定されているようだが
映画の「キャタピラー」は夫婦の異常な性愛はもちろん、
作中にも日本の戦果、大本営発表などで何度も反戦のメッセージが描かれていて、
またラストに至る展開が乱歩「芋虫」と大きく異なっており
そして何より8月15日の太平洋戦争終結が物語のラストとリンクしている。
四肢を失った傷痍軍人・黒川久蔵(大西)は日中戦争で中国人女性を強姦していた。
回想シーンで何度もその場面がリプレイされ、その後久蔵が折れた柱などが手足の上になって逃げられなくなるシーンが出る。
つまり久蔵は戦果を挙げて負傷したのではなく、中国人女性を強姦している最中のアクシデントで手足を失ったよう。
「生きた軍神」と奉られているが、実はエセ軍神だったわけで
その過去、
それを口が利けないため誰にも告げることが出来ない現実が久蔵を苦しめる。
ラスト近く、ランプの灯を見つめている久蔵が、不意に中国人女性の強姦を思いだし、
次いで火の中で手足が倒れた木材の下敷きになり動けない自分、または中国人女性を思い出して暴れまわる。
頭を壁に打ち付け、頭から血が出て、土間で暴れもがき泣きわめく久蔵。
それを見た妻・シゲ子(寺島しのぶ)が、
「軍神さまが、あんな顔になっちゃったー!」と笑い出し、
次いで「いーもーむーしー ごーろごろ」と歌い出すシーンは、何というかシュールといいますか
今までのシゲ子の鬱憤がタガが外れて全部流れ出てしまったのかのようで、
鬼気迫るというか冷たいものが走るというか、
何とも筆舌に尽くしがたい寺島しのぶの情念の演技という感じがしてなりません
。
寺島しのぶさんはサラブレッド女優なのに、ヌードや汚れ役も辞さない姿勢、気迫あふれる演技は好感が持てます。
でもモンペ姿はすっかり「日本のお母さん」。今後の活躍も期待できると思います。
ラストは乱歩の作品とは似て非なる出来で、これも戦争を大きく意識している。
8月15日、今まで赤い着物を着てバカ?みたいだったクマが普通の服を着て「戦争が終わったー!」とバンザイする
(バカ?の振りをして徴兵を避けていた?)。
それでシゲ子も「バンザーイ」。女性が戦争から解放された瞬間。
久蔵は不自由な体で這い、池を目指す・・・。
久蔵は終戦を知ったのか?
シゲ子が耳の聞こえない久蔵のために、
いつものように読唇出来るように大きく発音して
「せ・ん・そ・う・が・お・わっ・た・の・よ!!」
と告げ、その後野良仕事に出てゆく。
一人物思いにふける久蔵。
戦争が終わればもう自分は軍神ではない。
存在する意味がないただの怪我人。
いずれ中国での悪事も発覚するかも知れない。
そうなれば妻にも迷惑が及ぶかも知れない。
そう考えた久蔵は、池を目指し始めた・・・。
というのは自分が勝手に考えたラスト。
いずれにせよ反戦のメッセージは強烈であり、
また日本が加害者であった例(日中戦争での中国人女性への強姦)をも述べているところは作りに好感が持てる。
ただモチーフがグロテスクなのは否めない。未成年にはキツイと思う。
だが原爆記念館などの展示物などそうだが戦争を表現するのに死体とかそういうのが出てくるのは仕方ないだろう。
目をつぶってはいけない、かも。
【乱歩の「芋虫」との遭遇・その他】
幼少の頃、父方の叔父のところへ遊びに連れて行かれ、
そこからさらに叔父の友人の家に行ったのだが
その家に週刊誌のコミック誌、確か今はなき「少年キング」があった。
自分の家では少年マガジンしか読めなくて、物珍しさにキングを読んだのだが
そこにコミック化された「芋虫」が掲載されていた。
「乱歩シリーズ」のような連載があったと記憶している
(後日、「人間椅子」もそのキングのシリーズで読んだ)。
少年誌なので扇情的な描写は少なかった記憶があるが
子供ながらに四肢を失う恐怖、夫婦の歪んだ愛憎、
そして衝撃のラストと忘れることが出来なかった。
乱歩自身の小説はのちのち角川書店版で読んだが、
あの時のコミックが、
小説と性描写以外殆ど変わらない出来だったと感じた。
コミック版は妻が壁の隅に書かれた「ユルス」の一文を見つけた時の
心的描写が心を動かされた記憶があります。
画は誰だったのか記憶にありませんが、
グロテスクな中にも力強さを感じる画でした
(誰かこのコミック版について情報あったら教えて)。
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それからウィキで調べたところ
ドルトン・トランボ作による小説「ジョニーは戦場へ行った」が発表されたのは1939年、
ドルトン・トランボ自身による同名の監督映画が公開されたのが1971年(ベトナム戦争真っただ中)。
乱歩の「芋虫」が雑誌「新青年」に発表されたのが1929(昭和4)年だそう。
両者の関連性は薄いと考えるが(根拠なし)、真相はいかに?
最後になりますが、
また幼少のころの話ですが、実際に傷痍軍人らしき人たちを見た記憶があります。
場所は銀座だったと思います。
カーキー色の軍服を着た人たちが「皇国復興」とか書いてある白い募金箱を置いて頭を下げておりました。
土下座している人は、片腕が鉄でした。
本当の傷痍軍人だったのかどうかまではもはやわかりません。
ただただ子供心にすごくショックだったのは覚えています。以上。
2011.0615追記
故・千里眼さんから譲渡された書物の中に乱歩物が多数あり、
その中の「KAWABE 夢ムック 江戸川乱歩」(2003年・河出書房新社:刊)という資料によると
漫画家の喜国雅彦氏が「少年キング」のコミック版「芋虫」は
石川球太の画であると説明している。
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(2010.0923)
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