2010年8月16日、渋谷シアターNで見る。
1945(昭和20)年、当時日本領だった樺太(サハリン)で起こった「真岡郵便局事件」の映画化。
そしてソ連側の圧力により封印されこの2010年、製作から36年を経て公開された幻の映画。
「真岡郵便局事件」とは、日ソ中立条約を無視し
8月9日に日本に対して宣戦布告をしたソ連が
8月15日の玉音放送(ポツダム宣言受託)後も侵攻を続け民間人、
白旗を挙げて交渉しようとする日本兵をも虐殺し、
迫りくるソ連軍に対し
職務を全うしようとした真岡郵便電信局の女性電話交換手が
もはやこれまでと青酸カリなどで集団自決を遂げた悲劇の実話。
8月16日の渋谷シアターNのお客は年配者が多く、おいらなんかかなーり若い方。
劇中、局員の女性の電話交換手がささやかにお汁粉でパーティーを行うシーンがある。
古い型の蓄音機みたいなレコードで音楽会が始まり、
レコードが終わるとアコーディオンの演奏で島崎藤村の「椰子の実」をみんなで歌う。
後で帰宅して戦中派の母親に聞いてみるとその頃「椰子の実」は流行曲だったらしい。
「ローレライ」の原作でもラストにみんなで「椰子の実」を歌う場面がある(註1)。
スクリーンの中の演者が「椰子の実」を歌うと、客席から鼻をすする音が聞こえる・・・。
樺太を舞台にした映画というのは日本映画ではおそらくこれだけなのではないか。
群衆シーン、ソ連の戦車が侵攻するシーン(御殿場の自衛隊の協力だそう)は迫真。
パンフによると砲弾は迫力を増すため実弾を使用しているそう(註2)。
ソ連軍戦車の映像(実際には自衛隊の戦車)はすごい迫力。
内地より安全だと思っていた樺太が、
日本が降伏したのにソ連の戦車、空爆などの攻撃を受ける。
たまらず山の方に避難する日本人。
このモブシーンは相当数のエキストラを使っていて、いやが上でも悲壮感が高まる。
避難民は進む度に悲劇性を増す。
歩けなくなって「頼むから連れて行ってくれー!」と札束を振って見せて懇願する老人・・・。
邪魔になるからと道端に捨てられ泣き叫ぶ赤子・・・。
栗田ひろみのお母さん役の人は、疲れて歩けなくなって、あるいはソ連軍への恐怖か
あっはっはっは!と笑い出す(たぶん発狂)。
その笑ったまま手を宙空に踊らせる母親を、腰に縄を巻きつけて引きながら避難する栗田ひろみ。
この避難民のシーン、劇判も悲劇性が高まる出来で、
あまりにも悲しくてここでまず1回落涙してしまいました。
せっかく助かった母子が川で水を飲んでいるとソ連の戦闘機が降下してきて機銃掃射。
川の流れを朱に染める子供たちの亡骸を抱いて泣く母親・・・。
丹波哲郎の参謀長がソ連の代表に「日本は降伏した(のになぜ攻撃を止めない)、国際法を破るのか」と説いても
ソ連の代表は「負けた国が何言ってんだ!10分で帰れ!」と攻撃を止める素振りも見せない。
連合国側の密約(ヤルタ会談?)もあったのだろうが
民間人さえも無差別に殺害する無慈悲・無法なソ連軍の攻撃には怒りを覚える。
そして・・・自分たちが通信局からいなくなれば多くの人が通信に支障をきたすと判断し、
郵便通信局に残り職務を全うしようとした女性交換手の元にも、ソ連軍侵攻の火の手が上がる・・・。
生きて凌辱を受けるよりは・・・
最後の通信を他局に送る。
「これが最後です・・・さようなら・・・」
受ける側は必死に応答しようと絶叫、
「関根さん(二木てるみ)!死んじゃだめだー!関根さーん!・・・」
しかし彼女たちは自決のための青酸カリの粉を手にする。
この後、楽しかった思い出、回想シーンがあった後、局の床に横たわる女性たち。
生き残った無垢な白ウサギたち(局員が持ち込んでいた)が亡骸の周りを這い回る(生と死の対照)・・・。
楽しかった回想シーンは、個人的にはない方が悲劇性が高まるような気がするが、
そうですね、職務に殉じた彼女たちへの鎮魂と考えれば納得できると思う・・・。
上映中少なくても4回涙が出ました。
映画が終わってロビーに出ても涙が止まらず、目頭を押さえたままでした。
現在でもロシアが実効支配しているサハリン(註3)だけに、
社会的認知は薄いのかも知れない。
しかしこの事件は「北のひめゆりの塔」と言えるのではないか。
もっともっとこの映画、この事件について日本の多くの人に見て、知ってもらいたい。
学校とかで、積極的に学生の人や若い人に見せてやってもらいたい。
戦争はたくさんの悲劇を生んだけれど、こういう出来事もあったということを知ってもらいたい。
職務に殉じた、若き乙女たちのことを知ってもらいたい。
憎しみは憎しみを生む。それは新たな火種になる。それはわかっているつもり。
北方領土問題はともかくとして(平和的な解決を望むが)ロシア人を憎む気持ちは押さえたい。
ただ最後にひとこと言わせてもらいたい。
樺太が島であることを証明したのは、日本の間宮林蔵(と松田伝十郎)なんだよ!!
映画を観終わって渋谷の街に出ると、そこには暑い夏の平和な日本の街並みがあった。
勇気ある先人の尽力があったからこそ今の平和、我々の生活がある。
ありがとう。そして安らかに。
(2010.0907)
註1:ただし「ローレライ」の映画版ではモーツァルトの曲に差し替えられていてこのテイストは味わえない。
註2:パンフによると空砲だと1発5万円、実弾だと1発10万円だったそう。
エキストラの数などと考えるに、相当の金がかかっている映画で、これが公開できなかったというのは相当な損失だったのでは。
註3:南樺太について、日本政府は「ソ連・ロシアが条約に調印していないため国際法上は所属未定」との立場を取っているそう。
1974年日本(本格公開2010年)
製作会社:JMP(株式会社ジャパン・ムービー・ピクチュアー)
監督:村山三男
総指揮:三池信、小倉寿夫
製作:望月利雄、守田康司
企画:望月利雄、高木豊
原作:金子俊男
脚本:国弘威雄
音楽:大森盛太郎
出演:配役
二木てるみ:関根律子(電話交換手)
藤田弓子:坂本綾子(電話交換手)
岡田可愛:斎藤夏子(電話交換手)
木内みどり:仲村弥生(電話交換手)
若林豪:久光忠夫
丹波哲郎:鈴本参謀長
佐原健二:岡谷俊一(バレーボールの先生)
田村高廣:安川徳雄
南田洋子:安川房枝
岸田森:田尻中佐
千秋実、藤岡重慶、黒沢年男、浜田光夫、栗田ひろみ、久米明、北原早苗
(2010.0907)
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