「ハンニバル・ライジング」子供たちには残酷描写を与えずに愛を。

ハンニバル・ライジング 完全版 プレミアム・エディション [DVD]

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原作、脚本:トマス・ハリス
監督:ピーター・ウエーバー
出演:ギャスパー・ウリエル、コン・リー
2007年アメリカ/イギリス/フランス

<あらすじ>第2次大戦中、リトアニアの貴族の一家だった
少年期のハンニバル・レクターは戦乱に巻き込まれ両親を失い、
さらに逃亡兵たちに妹ミーシャを殺されてしまう。
成長し施設を脱走したハンニバル(ギャスパー・ウリエル)はフランスに渡り、
叔父の妻だった日本人「レディ・ムラサキ(コン・リー)」の元に身を寄せる。
医学生となったハンニバルは妹を殺した元逃亡兵たちの身元を調べ復讐を開始する。

「羊たちの沈黙」からスタートしたハンニバル・レクター博士のシリーズの、
レクターがいかにしてモンスターとなったかを語る「エピソード1」。
しかし内容は「羊」あるいは「レッド・ドラゴン」のような推理サスペンスではなく若きレクターの復讐譚。
若きハンニバルが残忍に殺人を繰り返し、死体を損壊し、カニバリズムを続ける。トロフィーがいくつも造られる。
ストーリー的にはラストの衝撃の告白以外はひねりは感じられない。

R-15指定であるが97年の神戸の事件、
あるいは今年の会津若松の事件などが発生する現代日本の状況から考えると大人たちまでもが毒されてしまいそうな映画だ。
レディ・ムラサキはハンニバルに自分のルーツたる日本の文化を示すが
その中に「大阪夏の陣」で晒しものにあった生首の絵が。
若きハンニバルはこれにインスパイアされたか、その後狩りに成功すると何度かトロフィー製造を行なう。

レクター博士に「日本」が絡んでくるというのは意外。
過去の作品には日本的なものは全く見られなかったはず。
深夜ムラサキは蝋燭に火を灯して武者鎧を拝み先祖の霊に感謝する
(この部分は海外映画によく見られる日本文化の曲解)。
そして昼間はハンニバルに面をつけさせ竹刀を持って剣道のお稽古。
「常に隙を見せるな」とムラサキはハンニバルに教える。

レディ・ムラサキは謎の女性である。
彼女の過去は、「広島の原爆で家族を失った」
「結婚したレクター伯爵(ハンニバルの叔父)はハンニバルが来る1年前に死んだ」
ぐらいしか語られていないが、鎧や日本刀などを所持していることから
もしかしたら忍者の末裔か何かでハンニバルにも忍術みたいのを教えたのだろうか。
相手の気配を読む、心理戦に持ち込むなどのレクター博士の技はこの時代に培ったのかも知れない。
かくしてハンニバルの最初の殺人は「日本刀」で行なわれた。
レディ・ムラサキを介して与えられた「日本」は若きハンニバルにいかほどの影響を与えたのか。

ハンニバルは眠っていると妹が殺されたシーンがフラッシュ・バックされ、悲鳴を上げて目覚めてしまう。
レディ・ムラサキも原爆で死んだ家族の夢を見ることがあるそうだ。
そしてそれは「羊」のクラリスが告白した幼少時の体験とも符合する。
それが「羊」においてのクラリスに対するレクター博士の共感だったか。

さてこの映画はハンニバル10代の頃の物語だが
パンフレットに記載されていた「ハンニバルの年譜」では20代がまるまる欠落していた。
だから次回作「エピソード2」は20代のストーリーとなるはずだ。来日の噂も囁かれている。
しかし年譜によるとこの後30代で精神科医を開業、とあるがこれだけの事件があってよく逮捕されなかったものだ。
レディ・ムラサキは「ハンニバルは殺人者だ」という証言を拒否したのだろうか。

若きハンニバルを演じるギャスパーは美形だけどアンソニー・ホプキンスとは全然似てない(笑)。
まあそれが新しいレクター像の創造と言われればそれはそれで。
でもギャスパー、向かって左側の頬に顔面神経症みたいな引きつりっていうかえくぼみたいなのがあるんだけど、あれは素か?
レディ・ムラサキ役のコン・リーは神秘的だが寂しそうな、ちょっと枯れた女性を好演。
だけどもう一度この映画を見るか、と言われれば複雑。
残忍なシーンが多くてあまり人に勧める気がしない。

いや、あるいはこの映画は「あまり子供に刺激の強い残酷なものを見せてはいけない、
その行為は時として取り返しがつかないことを引き起こす」
と大人、親たちに対して警告を与えているのではないだろうか。
現在の日本では年下の弱者、あるいは力なきホームレスに対して
ゲーム感覚的に暴力を振るう若者の報道が毎日のように新聞紙上に見られる。
子供たちがハンニバルのような怪物にならないようにするための、
大人たちの愛情が現代日本には必要なのではないだろうか。
「日本」が怪物ハンニバル・レクターを形成する一要素になったとする本作は、
おそらく偶然であろうがそういうメッセージをその日本――現在の日本に向けて発信しているようにも思える。
だからこそ、日本の大人たちは真摯にこの映画が発するメッセージを受け止めるべきではないだろうか。
そして日本の次代を継ぐ子供たちに、正しい教育をするべきではないのか。

(07.0610‐16)

追記:日本の鎧の面をつけたハンニバルは「羊」での拘束衣でがんじがらめにされたシーンで似たような面をつけられたことを思い起こさせる。

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