mari yukiko真梨幸子
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◆幕の内弁当◆10/03/18up

焼肉弁当とかカラ揚げ弁当とか数あれど、私が好きなのは、幕の内弁当なのです。蓋を開けたときのあのワクワク、どれを食べようかといろいろ迷い、いろんな味が口の中で爆発しそして融和する、そんな感覚が好きなのです。

その昔。小学校四年生ぐらいのときでしょうか。遠足に行ったことを作文にしなさい、と課題を与えられました。
私は、遠足の前日から当日の朝の準備、バスの中の様子、目的地でのあれこれ、そしてお弁当の中身、帰りのバスの中、家に帰ってお風呂に入ったところまで、原稿用紙二枚に渡り書き込みました。そしたら、先生にみんなの前で読まれました。「悪い例」として。
「良い例」として読まれたAさんの作文は、目的地で出会った犬だか猫だか、とにかくひとつの出来事だけを書いたものでした。先生は言いました。
「いろいろあった一日の中から、最も印象的なものを選んでとことん書き込む、それがいい作文なのです」
えええええ。私は叫びました。だって、私にとってAさんの作文は、退屈で、一行で済むような内容をむりやり原稿用紙二枚に引き伸ばしたようにしか思えなかったのです。
でも、大人が好むのは、こういうものなんだ……と納得するしかありませんでした。

あのときの違和感は、いまだに引きずっています。私は相変わらず、いろんなものが詰め込まれている幕の内弁当が好きなのですが、焼肉やカラ揚げやらに特化したものが「良い」ものとされる傾向にあるからです。
それでも幕の内弁当がなくなることはありません。幕の内弁当が好きな人たちがいなくなることはありません。

ということで、一時は、特化弁当を目指してそういう小説を書こうとしたこともありましたが、やめました。私には、向いてません。私は、やっぱり幕の内弁当が好きなのです。
あんなことが起こり、こんなことも起こり、こんな人が出てきて、あんな人も出てくる、そして意外な化学反応を起こして、とんでもない終末にたどり着く、そんな話が大好物なんです。

今回の新刊は、それを意識的にやってみました。いろんなもを「これでもかっ」と詰め込んでみました。「詰め込みすぎ」という批判もあるかもしれませんが、それは最上級の褒め言葉です。
でも、まだまだです。私の詰め込みは、まだ、甘い。

これからも、究極の幕の内弁当小説を目指して、精進する所存です!


追記。幕の内弁当ではないのですが、崎陽軒の「シウマイ弁当」が好きでたまりません。シウマイ弁当といいながら、シューマイ以外のものが素晴らしいのです。鶏のカラ揚げ、マグロの照り焼き、カマボコ、卵焼き、切り昆布、そして、私が愛してやまない、筍の甘辛煮。本来は苦手なはずのアンズですら、お箸の友となります。どれが欠けてもいけない。シウマイ弁当、もう、傑作ですね。
シウマイ弁当のような小説を、私は書きたい。



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◆更年期少女◆
10/03/09up

先週。からはじめたツイッター。「つぶやき」というよりは、「語り」になってしまっています。140文字、いつもオーバー気味で、収めるのに毎回、苦労しています。
さてさて、新刊「更年期少女」の書影がアップされました。
装画は、少女漫画家の松苗あけみさんです!




実は、この装丁に落ち着くまでは、二転三転あったようです。最初に見せてもらったラフでは、背景はピンク色で「血」もなく、、全体的に、「少女漫画の単行本」のイメージ。で、帯だけを黒にして、おどろおどろしい雰囲気を演出していました。これもこれで、とても素敵でした。で、見城社長の意見とかもあり、この装丁に落ち着きました。不気味さと可愛らしさが同居した、実に不穏なイメージですね! とても気に入っています。
実は、裏表紙のイラストも凝っているんですよ! 書店でご確認ください。



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◆つぶやき地獄?◆
10/03/06up

ツイッター、はじめたはいいんですが、あれ、なかなかのストレスになりそうですね。ストレスがいつしか中毒症に昇華しそうで、なにやら薄ら寒い。
なにが薄ら寒いって、あれ、数字が出るじゃないですか。あれで、その人の注目度が一発で分かるわけですが、人徳もなくモテ気もとうとう訪れなかった淋しい私にとっては、新たな地獄。自ら、地獄に身を投じてしまった! 
でも、せっかくなので、6月ぐらいまでは続けますよ。
それにしても。早く、プロバイダーの手続き、終わらないかしら。今使っているここは、今月いっぱいの上に、接続が不安定で、困ってしまいます。

さてさて、昨日あたりから話題になっている、愛子様騒動。あれって、自分の子供が女の子か男の子かで、意見がかなり分かれそうです。特に母親の意見。
そういえば、裁判員裁判で、興味深い事例がありました。いわゆるレイプ事件で、女性の裁判員は被害者に同情して被告人に必要以上に重い刑を望むものだとばかり思っていたら、まったく逆の結果になったとか。女性の裁判員は、被告人に自分の息子を重ねて、被告人のほうに同情してしまい、刑を軽くしようとしたらしいのです。つまり、母親の立場で裁こうとした。逆に、男性の裁判員のほうが厳しい刑を求めたとか。もしかしたら、この男性裁判員は、娘さんがいたのかもしれません。

私の知人でも、子供が女の子の場合と男の子の場合では、かなり考え方が違います。自分が気がつかないうちに、完全に母親目線になっているのがおもしろい。
ちなみに、私の母親は娘の私には「被害者になったらどうしよう」と怯え、弟のときは「加害者になったらどうしよう」と怯えておりました。

どちらに感情移入するか。これはかなり重要です。被害者と加害者、善人と悪人、どちらに感情移入するかによって、物語はがらりと変色します。
加害者と被害者が逆転したり、善人が悪人に見えたり。

本当に、人間の心理は面倒くさい。

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◆つぶやき◆
10/03/04up

なんやかんやで、プロバイダーを変更するハメになりました。
なので、もしかしたら、次のプロバイダーが決定するまで、ここにアクセスできないこともあるかも? ということで、緊急避難先として、ツイッターを登録しました。
ツイッター初心者ですので、なにがなにやらよく分からない状態ですが、近況報告はしばらくはそこで。
http://twitter.com/mari_yukiko

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◆マイナー道◆10/03/02up

と、いうことで、オリンピックも終わりました。
今日からは、通常運転ということで。
で、先ほどNHKのニュースで、チーム・ジャパンの展望、みたいなことをやっていたのですが、その中で、やっぱり最大のポイントは「資金」ということで。
韓国、アメリカなんかじゃ、百億円を超える予算をつけてさらにスポンサーもたくさんついて選手を支援してますが、日本は、二十億円ぐらいですからね。しかも、去年の事業仕分けで「メダルの可能性もないマイナーな種目に予算をつける意味があるのか」とか散々言われて、予算をかなり削られた。そのとき槍玉に挙げられたのが「リュージュ」という種目なんですが、私は、まるで自分のことを言われているようで、少し涙腺がゆるみました。
「真梨幸子? こんな売れる可能性のないマイナーな作家に本を出す意味があるのか?」と言われているようで。
でもですね、強化種目といわれているフィギュアだって、私の記憶が確かなら、伊藤みどり以前は、「日本人にはメダルは無理」とマイナー扱いだったような。渡辺絵美が有名だったぐらいで。その渡辺絵美ですら、「スケートやって残ったのは借金だけ」と嘆いていました。
伊藤みどりがあんなにトリプルアクセルにこだわったのも、世間の注目を勝ち取るためだったと思うのです。その甲斐あって、今では日本フィギュアは世界のトップレベルになりました。
クリスタル・ジャパンのカーリング女子だって、マイナーもいいところでした。でも、あのファッショナブルで可愛らしい容姿が注目されたわけです。今回も、クリスタル・ジャパンの乙女たちが一番おしゃれで素敵でした。あと、解説の熱血おじさん! あの方も、カーリングの注目度をあげるのに一役買いました。
国母選手があんな騒動を起こしたのも、実は一種の演出だったのかもしれません。実際、あの騒動のおかげで、私、眠い目をこすりながら、予選から決勝まで見守りましたもん。
つまり、「自己プロデュース」です。
今回、この自己プロデュースで画期的だったのが、ボブスレー女子。もちろん、マイナー競技ということで事業仕分けされてます。それで自棄になったのか、デコソリで勝負をかけました。成績はイマイチでしたが、その可憐で美しい装飾のソリで、世界的に注目されたのでした。デコは、日本のお家芸。アニメ、マンガ、と並ぶ、日本のカルチャーです。それを、オリンピックにぶつけたのです! 快挙だと思いました。

「マイナー」。そう切り捨てるのは簡単です。でも、そのマイナーなものにしか活路を見出せない者もいる。マイナー道。それは険しく厳しい道だけれど、挑戦のしがいはある、そんなことを思った今年のオリンピックでした。

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◆和代◆
10/03/01up

某日、知人と話していたときのこと。
「ねえ。勝間和代になりたいと思う?」と問われました。
勝間和代。テレビでも時折みかけますし、お名前も耳にしますが、それほど意識していませんでした。
というか、船越栄一郎さんの嫁とごっちゃになっているところもあり、名前を言われても「松居棒」がまっさきに浮かぶ始末。
でも、この勝間さん、なんだかすごいことになっているんですね。
世の女性は、「勝間和代になりたい派となれない派に分かれる」ということです。なら、私は、「なりたくない派」ということで。
いや、だって、ものすごく大変そうなんですもの。
顔を思い浮かべようとすると、厳しい表情でなにかをまくしたてているシーンしか思いつかないし、それに、私の好きなタイプでもないし。
なので、今まで意識してこなかったんですが、これからはちょっと意識して見てみようかしら。
と、まずはプロフィールを調べてみました。
うげっ、私より年下なんですね! しかも、4歳も年下!
すみません、……ずっと歳上の方だと思っておりました。
あまりにどっしりと落ち着いた風格をお持ちなので。
私も、少しは見習わなくては!

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◆サムライ ジャパン◆
10/02/28up

真央ちゃんの涙ながらの「悔しいです」が伝染したのか、一昨日からずっと落ち込んでいました。
「悔しいです」。なかなか言えない言葉ですよ。
どんなに悔しくてもそれを隠して「ベストを尽くしました。これで満足です」みたいなことを言わなくてはいけない風潮にある現在、この「悔しい」という言葉を堂々と言えるのは、それだけ自分を鍛え上げているということ。
いやいや、真央ちゃんは、まさにサムライですね。
次のオリンピックでは4回転を飛びたいというようなニュースも耳にし、私の落ち込みも吹っ飛びました。4回転! まさに、次々と魔球に挑戦した「侍ジャイアンツ」のバンちゃん!
ショートを含めトリプルアクセルを3回成功させるという、たぶん誰にも真似できないとんでもない偉業をやり遂げ、度重なるルール変更にも凹まず修正し続けた真央ちゃん。本当に往年のスポ根漫画を見ているようです。
ダンサーまたは演者という意味ではキム・ヨナのほうが確かに勝っていましたが、アスリートという意味では、真央ちゃんではないでしょうか。
真央ちゃんだけではなく、今回のフィギュア日本代表は、男子も女子も「守り」に入ることなく、果敢に「技」に挑戦したことが本当に素晴らしかった。私もいろいろと考えさせられました。
完成度も大切ですが、やはり、「挑戦」する気持ちを封印したら、進歩はありませんものね。
最近、「少し守りに入ったほうがいいのかしら」と弱気になりつつあった私でしたが、いやいや、それではいけない。
私も引き続き、挑戦していきます。

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◆新刊のカバーがすごいです◆10/02/20up

バンクーバーオリンピック。
カーリングがおもしろくてたまりません。
なにがおもしろいって、選手たちのおしゃべりと、「やー」とか「のー」という絶叫。
選手たち、みなさんマイクつけているんですね。
あと、解説のおじさんの熱血トークも最高です。
そんなつもりはまったくなかったのに、今まで行われている試合はすべて、ライブで見てしまいました。
この勢いだと、すべてライブで見てしまうかも。
まったくもって、生活リズムがめちゃめちゃで、寝不足なんだか寝すぎなんだか、よく分からないことになっています。

さてさて。新刊の「更年期少女」。
発売がちょっと延びて、三月の上旬になったようです。
でも、カバーや帯のラフは上がってきているので、これ以上の延期はないと思われます。
それにしても、今度のカバー。すごいですよ!
ああ、早く、皆様にお見せしたい。

ということで、帯のコピーだけでもちらっと紹介しておきます。

ヒロインじゃない人生なんて、もういや。
他人の不幸は少女漫画より刺激的。
無敵の更年期ミステリ。

「夫も子供もみーんな邪魔」。二度目の思春期を迎えた女たちが、今度こそ手に入れたいのは「私だけの幸せ」。自分の世界に熱狂して家庭やモラルは見事に崩壊。自分たちを邪魔する他人は、不幸のどん底へと引きずり込む。
暴走する女たちをもう誰も止められない!


池袋のフレンチレストランに集まったのは、往年の人気少女漫画「青い瞳のジャンヌ」をこよなく愛する「青い六人会」。(略)
……メンバーの度重なる失踪、事故死、腐乱死体発見!!
裏切り者は、そしてヒロインになるのは誰?

エミリー(41) 漫画家に憧れる主婦。夫のDVに悩む
シルビア(53) バツイチ子持ち。母子家庭の暮らしに借金がかさむ
マルグリット(46) 会のリーダー。家庭不和と胃痛に苦しむ
ミレーユ(47) 無職、独身。実母の介護に追われる
ジゼル(42) セレブ妻。まさかの高齢出産に希望と不安を抱える
ガブリエル(32) アイドル的存在。会の調和に努める


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◆作家地獄◆10/02/14up

今日は調子がいいので、日記2連発。
↓の日記で、「侍ジャイアンツ」が出てきましたが、実は、原作者の梶原一騎先生は私の心の師だったりします。小学校、中学校時代は、梶原作品を読みふけっては、心に染みたセリフをメモしていました。
特に、アニメ版「侍ジャイアンツ」の後期オープニングテーマの歌詞は、しびれます。もちろん、梶原作詞です。
歌詞を全部紹介できないのが残念なんですが、ホント、生きる勇気が湧きますよ。「野球地獄で/男をみがけ」というフレーズなんか、もう、最高です。
底辺作家をやっていると、リアルで毎日死にたい気分なんですが、「侍ジャイアンツ」の後期オープニングテーマを聞きながら、弱い気持ちを懲らしめています。
「出版不況地獄で/女をみがけ」と口ずさみながら、日々、生きています。
他に、私の永遠の恋人「キカイダー」。このサントラも、私に活力を与えてくれます。ハカイダーのテーマなんて、もう、傑作ですよ。哲学です、美学です、人生です。素晴らしい!
こういう、心の歌を持つということは、本当に大切なことだな…と改めて思いました。

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◆俺たちに明日はない◆10/02/14up

バンクーバーオリンピック、はじまりましたね。
開会式見てたんですが、ごめんなさい、正直、途中で飽きちゃいました。
素晴らしい歌手が次から次へと登場して、さながら、カナダの紅白歌合戦みたいな感じで大変興味深かったんですが、なんちゃらという偉い人のスピーチがはじまった次点で、もう、だめ。強烈な眠気が。
でも、オリンピックもずいぶんとフランクになりましたよね。東京リンピックの開会式なんて見ると、まるで、軍隊の行進ですよ。みんな、きちんと服装を正して。

服装といえば、スノボーのなんとか君という選手が、注意されてました。
「憲法おばさん」とあだ名されるほどルールに厳格だった中学生の頃の私でしたら、怒り狂って「けしからん」と書きなぐっていたことでしょう。でも、今は、「あら、やんちゃね〜」と、微笑ましい気分です。だって、スポーツ選手がみな、石川遼君みたいだったら、なにか味気ないじゃないですか。「あしたのジョー」や「侍ジャイアンツ」が好きな私としては、アンチ優等生もありかな……と。
いや、しかし、服装や髪形でこんなに問題になるなんて。ビートルズが登場したり、ヒッピーが登場したり、ハードロックが登場した1960年代は、想像を絶する怒涛の嵐だったんでしょうね。ビートルズが来日したとき、武道館を使わせるなという反対意見が世論を席巻したとか。でも、当時は、若者のほうが圧倒的に多かったから、新しいカルチャーは認知されていった。一方、今は、若い人、少ないですからね…。で、今の若い人のやんちゃを「けしからん」と叱るのは、ビートルズやヒッピー文化を享受していた世代。おもしろいものです。

ところで、「俺たちに明日はない」という映画があります。
十代の頃、この映画を見て、えらく感化されたものです。刹那的な青いエネルギーに感動して。
でも、社会人になってから見ると、「こんなひどい犯罪をくり返す凶悪犯を、こんなヒーローっぽく描くのは、よろしくない」という、まったく正反対の感想を抱くようになりました。
で、今。「ああ、この無茶振りは、ファンタジーだわね…」という、またまた、新たな感想を抱きました。
同じ人間でも、歳をとったりその立場によって、考えや感じ方はころころ変わるものですね。
ビートルズエイジや全共闘世代も、歳をとれば「今の若者は、けしからん」と言っちゃうものなんですね。
いやいやしかし。今の若者のほうが、あの頃の若者よりよほど素直だと思うんですけど。だって、ちゃんと反省して謝るじゃないですか。そこのところは、認めてあげてもいいのでは…と思う今日この頃です。

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◆デフレスパイラルの原因は?◆10/02/06up

今日は、恐ろしく寒かったです。
ほんで、昨日、「崖の上のポニョ」を見たこともあり、どうしてもラーメンが食べたくなったんですね。あまりにも食べたくて、夢にまで見る始末。
インスタントラーメン。
せっかくだから、ちょっと贅沢しようと。確か、チャーシューが盛りだくさんのカップラーメンがあったはず。
グーなんちゃらとかいう、ちょっとワンランク上のシリーズ。
あれは、おいしかった。今日はそれを食べて、ちょっと贅沢を味わおう。ワクワク!

……普段は、インスタントラーメンをあまり食べない私ですので、ラーメンの棚に立ち寄るのは本当に久しぶり。
で、びっくりしたとです。
ラーメンの種類が、圧倒的に少ない。その棚の大部分を占めるのは、自社ブランドの格安商品。
以前はあんなにカラフルだった売り場が、2色刷りのしょぼいグラビアページのよう。
他社のラーメンもあるにはあるんですが、いわゆる定番商品ばかりです。
とにかく、選択の余地がない。
まるで、ソ連時代に立ち寄った、モスクワの空港のお土産売り場のようでした。
日本は、本当にヤバイことになっているのではないかと、私、愕然としてしまったんですね。
思えば、他の売り場も、同じようなブランドの格安商品ばかりになっています。
新商品というのが、あまりない。
以前は、「お、これ、初めて見るヤツだ」と手にすることも多かったのですが、今はそんな冒険すらさせてくれない。
こちらが買いたいと思っていても、売るほうが売る気がない。
ちょっと贅沢しようと思っていても、お店が贅沢させてくれない。
ワクワク感がないのです。商品を見る楽しみがないのです。
だから、最近は、スーパーに行っても、買いたいものだけ買って、さっさと出てしまいます。

そんなことより、ラーメンです。
しかたないので、98円の、地味なカップラーメンを買いました。なんだろう、この虚しさ。
冷たい北風が、心にしみます。心が、どうしようもなく寒い。
今日は、あの、チャーシューたっぷりのカップメンで、温かくなりたかったのに。夢にまで見たのに。
ああああ。

これじゃ、デフレスパイラルはひどくなるばかりのような気がします。

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◆テキサスバーガーと私◆
10/01/25up

トイレが、つまりました。
真夜中のことです。
そういえば、去年、ズッコンズッコンを処分してしまいました。
寒空の下、24時間営業のスーパーに走るも、ズッコンズッコンは売り切れ。
店員さんいわく、「よく売れるんですよね…」と。
なるほど、あちこちの家庭でトイレづまりが頻発しているようです。
持論ですが、たぶん、トイレットペーパーに原因があるのでは?
そう、ウォシュレット対応のペーパー。安さに負けて買ったはいいのですが、あれを使用すると、流れが悪くなるのよね…
とほほほ。今年の私も、ついてない。まあ、今までもついていたことなんかないけれど。
などと呟きながら家に戻るも、トイレは相変わらずの擦り切れいっぱい状態。一ミリも減ってません。
以前も似たようなことがあり、力づくで水を流して、最悪の結果を招きました。思い出したくもありません。
なので、今回は、慎重に冷静に。そういえば、お湯を少しずつ流すといいと、どこかで聞いたことが。
ということで、ペットボトルにお湯を汲み、何度も往復して、流し続けること四時間。
……とうとう、流れてくれました。よかった…。涙ぐみながら窓の外を見ると、真っ赤な朝焼け。
「えんじ色心中」という自作を思い出し、またまた涙。
発売されてまだ四年、なのに、絶版されてしまったようです。
知人が教えてくれました。「アマゾンで購入しようと思ったら、在庫なし。出版社のサイトで検索したら、重版未定で在庫切れだった。もう絶版?」
ちなみに、三作目の「女ちもだち」も、品切れだそうです。まだ、三年です。
三年も持たない私の作品。この現実を思い出し、朝っぱらから号泣してしまいました。

ああ、今年も、なんだかしょぼい年になりそうだな……と、昼過ぎ、散歩にでかけた私、百円マックでも食べようかと、近くのマクドナルドに入りました。
いきなり目に入ったのは、「テキサスバーガー」の看板。
なんでも限定販売とかで、昼過ぎには品切れになるという人気商品。
昨日も、昼前には早々と「品切れ」というシールが貼られていました。
「品切れ」という言葉に、またまたナーバスになる私。
同じ「品切れ」なのに、どうしてこうも響きが違うのかしら。
人気があるから品切れになる場合と、人気がなくて品切れになる場合。
ああああ。前者になりたいものだわ…。と思いつつ、看板を見てみると「本日は品切れ」というシールが貼られていない。
試しに、「テキサスバーガー」と注文してみると、
「お客様、ラッキーですね! これ、最後のテキサスバーガーですよ!」と、ゼロ円の微笑みをたたえて店員さん。
え? ラッキー? この私が? お年玉年賀はがきの抽選でも、切手シートすら当たったことがない籤運のない私が?
ラッキー?
「えー、マジかよ、もうないのかよー」と、後ろに並んでいた客が、私を一斉ににらみます。
羨望のまなざしを浴びる、私。
……気持ちいい。

で、ふと、思い出したんです。
「トイレが詰まるのは、“運がつくって”、ことで、いいことがある兆しだよ」って、誰かが言っていたことを。

そういえば、手相にも、吉相が。

私、もしかして、運が向いてきたの? とにやつきながら、最後のひとつのテキサスバーガーが頬張ったのでした。

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◆底辺と冬と手相と◆
10/01/18up

しかし、寒いですね…。
エアコンが壊れて約七年、小さな電気ストーブでなんとか冬をやり過ごしてきたのですが、今年の冬はヤバいです。
ストーブの傍から離れられない。なので、行動範囲が著しく狭くなり、一日の大半をストーブの真ん前でアルマジロのように体を丸めながら過ごしています。家にいながら、凍死しそうです。指先なんかも真紫色のチアノーゼ状態。今もかじかんだ指をどうにか動かしながら、これを打っています。
いや、これが本当の冬なんでしょう。
しかし、私の冬はいつ終わるのでしょうか。
確定申告の季節、去年の収入を目の当たりにして、情けなさで涙が出そうになりました。
この収入は、ただごとではありません。負け組とか負け犬とか、そんなレベルではない。
私、よく、生活できものだわ。ええ、確かに、国保が払えなくて、市役所の人が家に訪問に来ましたけど。
これが、人生の底辺なのかしらね…。
ああ、底辺作家。世の中の人たちは皆、「ぷっ。あの人ったら、所詮、売れない底辺作家。近づいたら底辺がうつる」なんて目で私を見ているんだわ。
……とんだ被害妄想ですが、後ろ向きの性格の私は、実は、被害妄想が好きだったりします。
なんなんでしょうね。世間から蔑まれている自分、というのを妄想すると、辛くて悲しいのは確かなんですけど、どこか気持ちがよかったりします。なので、私、物心ついた頃から、「どうせ私なんか」と、自虐的な妄想をしては、泣きながらニヤニヤしてました。
一方、幸せな自分を妄想することはありませんでした。
幸せを感じたその瞬間から、不幸への転落が待ち受けている、という考えが幼心にもあったのかもしれません。
……つくづく、不幸な性格です。と、不幸を噛みしめながら、またまたニヤニヤしている私です。
そんな不幸体質な私の手相に、なんと、とんでもない変化が!
薬指の下のほうに、なにやら*のようなものが出てきたんです。
で、ググってみたならば。
「大成功間違いなし。自分でもビックリするような富と名声を得ることができます」
ですって!
え、マジですか! 私、どうなっちゃうんですか!
そんな、富とか名声とか、そんな食べ慣れないものを食べて、腹、下しませんか?
挙句の果てに、玉の輿の相という線まで出現してしまって。なんなんですか、いまさら、玉の輿って! どんな玉なんですか!

……ということで、今日一日は、自分の手相を眺めて終わりました。
お金のかからない一日、でも、なかなか楽しゅうございました。

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◆笑う角にはなにがある?◆10/01/13up

久しぶりに、映画「薔薇の名前」を見ました。
というこで、今日のテーマは、「笑い」です。
その昔、キリスト教の聖職者たちは、「笑う」ことを禁止されていたそうです。
なぜ? 「笑い」って、平和の象徴ではないの?
だって、ほら、「笑いの絶えない社会を目指そう」とかいうじゃない。
いや、しかし、「笑い」という行為を分析してみると、キリスト教が「笑い」を禁止したのも頷けます。

ところで、私、「8時だョ!全員集合」が嫌いでした。
もっといえば、ドリフターズが苦手でした。
タライがふってきたり、食べ物を投げつけたり、すべったり転んだり。
ひとつももおもしろいくないどころか、不愉快でした。
だって、クラスの男子が真似するから。
「ちょっとだけよ」「あんたも好きね」と、スカートを捲られたのは一回や二回じゃありません。
コント55号も好きじゃありませんでした。
欽ちゃんにいじられてばかりのジローさんがかわいそうで。
「噂のチャンネル」に至っては言語道断。
ブラウン管の中での出来事なら、まだいいんです。
なにしろ、芸人はプロなわけですから、それを生業にしているわけですから。
でも、それをクラスで再現する場合、「犠牲者」が必要なんです。
プロでもなんでもない、素人の「犠牲者」が。
それは、違う角度からみれば、「いじめ」となります。
そう、「笑い」とは、残酷なものなんです。
その「笑い」が多ければ多いほど、長生きにつながるという報告もあるそうです。
昔の人は、笑う門には福来る、とまで言い切ってます。
人間って、つくづく、残酷な動物です。
「笑いがあふれた世界」というのは、つまり、「残酷な世界」ということです。

逆をいうと、某首相が連呼するような「友愛」の世の中になったら、「笑い」がない世界ということです。
それはそれで恐ろしい世の中です。
「薔薇の名前」の世界が、まさにそれですね。

さて、「笑い」というのはドリフのような体や下ネタやリアクションで勝負する体当たり芸ばかりではありません。
たぶん、ドリフのような笑いは、男子向けのような気がします。
思えば、当時の少年漫画誌に載っていた「がきデカ」とか「まことちゃん」とかも、ドリフ系。私にはまったくおもしろくなかった。
夢中になって読んでいる男子の気が知れませんでした。 ドリフブームと入れ違いのようにブームになったのが、「漫才ブーム」。
いわゆる、「しゃべり」で勝負する芸です。これは、女子に人気があった。
ドリフにはまったく関心がなかった女子も、漫才の話題なら喜んで食いついてきた。
私も、高校時代、なにかの催しで「漫才」をやり、かなりウケました。
ウケすぎて、生徒会長の選挙に出るハメになったほどです。(生徒会長には当選しませんでしたが、次点で福会長になりました)

思いつきですが、女子と男子とでは、笑いのツボが根本的に違う気がします。
でも、共通するのは「残酷性」です。
上から目線で、人の失敗や間違いや狼狽や滑稽さや馬鹿馬鹿しさや欠点を見下し、おもしろがる。
社会的に偉いとされている人や有名人をコケ下ろしたり茶化したりする「風刺」や「物真似」なんかもそうですね。

なるほど、「笑い」というのは、罪深い。
その昔、禁止されたのも頷けます。

それでも、笑いを求めるのが、人間。
「笑う」ことができる動物は、人間だけ。
言い換えれば、笑うことをやめたら、人間ではなくなるということです。
なぜ、神は、「笑い」を人間にお与えになったんでしょう?
禁止するぐらいなら、はじめから、お与えにならなければいいのに。
うーん。深いです。

ちなみに、私の今までの人生の中、最も笑ったのは、高校生の頃のちょっとした会話でした。
箸が転んでも笑う年頃とはいえ、あれほど笑ったことは、今のところ、あれきりです。
そのとき、仲間で部活の会報を作ってまして、
「タイトル何にする?」という話になって。
で、当時、新語として流行っていた「DNA」にしようってことになったんです。
しかし、その意味はよく分からない。
「ってか、DNAってどういう意味?」という誰かの問いに、
誰かが自信たっぷりな真顔で言いました。
「だんご ニッポン あんこ入り」
……文字にすると「それで?」という会話ですが、その場の雰囲気とタイミングとその言い方のバランスが絶妙で、私、たぶん、一か月は思い出し笑いだけで、死にそうになりました。
実は、今も、ときどき、思い出しては笑ってしまいます。

ところで、最近、ブラックマヨネーズと次長課長が、おもしろいです。
あと、年末にやった「サラリーマンNEOスペシャル」と、今期からレギュラーになった「祝女」。
特に「祝女」は、女のいやーなところを湿度の高い笑いにしてしまっているところが、素晴らしい。 それでいて、女に生まれたことを祝おう、というのがコンセプトなわけで。 素晴らしい!
ということで、罪深いことではありますが、今年もたくさん笑いたいものです。

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◆更年期少女◆10/01/06up

はっ。いつのまに、2010年!
今更ながら、あけまして、おめでとうございます。
去年の暮は、本当にいろいろありまして、更新できずにいました。
ということで、心機一転。
新刊のご案内をさせてください。
今日、初校の著者校を出版社に戻し、発売日も具体的になりました。
タイトルも決まりましたよ。
「更年期少女」(幻冬舎)、2月25日頃発売です。
青春小説はあまたありますが、なぜか、なかなかないのが「更年期小説」。
思春期のそれよりも衝動的で危なくて切なくて悲しい、更年期。
崖っぷちのマダムたちの断末魔の叫びを、これでもかっと、とことん書き込んでみました。
ミステリー仕立てなので、ミステリーとしても楽しんでいただけるよう、工夫いたしました。
手前味噌ながら、自信作です。

初夏には、歴史小説も発売予定です。
自分でいうのもなんですが、これも自信作です。

今年も、よろしくお願いいたします。


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◆少子化と更年期と◆09/11/27up

少子化ね……
私が小学生のころ、学校の先生は言いました。
「今、日本の人口密度は世界的に見ても高すぎる。このままいくと、深刻な食糧危機で、日本は滅亡する。だから、子供はあまり産まないこと」
その教えを守って(というわけではありませんが)、子供を産まなかった私ですが、いやいや、しかし、ここに来て「少子化で日本は滅亡する」って……。
どうも、滅亡論が好きな人が多いようで。
もうね、なるようにしかなりませんから。
どうせ、今の少子化だって、結局のところ、経済的な観点でしかみてないわけでしょう? 子供が減ると、年金その他諸々のシステムが崩壊すると。
だからといって、昔のようなペース(五人、六人兄弟があたりまえ)で子供が増えたら、それはそれで、問題続出だったわけで。実際、日本の歴史を紐解くと、「移民」を放出するという方法で、数多くの国民を棄民してきました。
そうそう、昨日のテレビで、フランスの少子化問題が子供手当で解消したというような番組やってましたが、これも、数字の妙ですね。フランスは、少子化が顕在化した頃から移民を積極的に受け入れ、その移民たちが出生率に貢献しているんです。でも、その移民で新たな問題続出。そういうところ無視して、都合のいい数字ばかり紹介するのは、もういい加減、どうなんでしょう。

ということで、もう12月ですね……。
今年も、あっというまに過ぎていきます。
後年、2009年という年を思い出すとき、なにがフックになるんでしょう。
以前は、流行歌や事件などをフックに、その年を記憶してきましたが、どうもここ数年、そういうフックがなくなってきているような。
どの年も、同じようにしか思えない。
これは、老化の一種なんでしょうかね。
新陳代謝とも関連しているのでしょうかね……。とにかく、時間の感覚も季節の感覚も、平坦になってきました。
なのに、イライラは止まらない。このイライラは、思春期のそれより、深刻です。
そう、更年期ってやつです。
ホルモンのアンバランスが原因ということでは思春期と同じですが、思春期の悩みが「屁」に思えるほど、この更年期のモヤモヤは相当なものです。
この時期、たぶん、自殺者も暴走する人も、思春期の若者より多いと思います。
なのに、あまり問題にされない、取り上げられない。
映画も小説も歌も、もっぱら、若いモヤモヤばかりです。
更年期のほうが、何百倍もヤバいのに!
ということで、近々発売されるであろう新刊は、「女性の更年期」に真っ正面から挑んでみました。
十代のダークサイド、アラサーの焦り、アラフォーの不安、そんものがぶっとぶほどの「更年期」の実体を描いてみましたが。
一回り年下の担当さん(女子)は「実に面白い!」とおっしゃってくださいましたが、さてさて、どうなんでしょうか?
実際、更年期に片足を突っ込んでいる私は、悪い方向にばかり考えてしまって、もう毎日、死んでしまいたい気分です。


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◆日本、自殺する?◆09/11/26up

どうせ、この日記なんか見に来る人は少ないのだから、今日の私は、ぶっちゃけちゃいます。
はっきりいって、今の日本の不況はハンパないです。
今までは、不況だ不況だと言われていても、派遣もバイトも、それなりにあったんです。だから、売れない作家でもなんとかやっていけたんです。
でも、今は、求人数がびっくりするぐらい、少ない。もう、これはこれはとにかく、びっくりするほど!
私、正月を迎えられないかも!
だって、年末だというのに、求人数の少なさといったら!
これは、間違いなく、バブル崩壊後の失われた十年より酷い、鳩山不況の到来です。
で、テレビを見ると、必殺仕分け人が、「悪を打つのは自分らだ」とばかりに、意気揚々と、「無駄」をばっさばっさ斬っています。
そんな様子を見て、諸外国は「日本はなぜ、こんな自殺行為を?」と不思議に思いつつ、「これで、日本は終わったな」とほくそ笑んでいるとかなんとか。
もう、いい加減、民主党のパフォーマンスはお腹いっぱいです。友愛も勘弁です。
あいつら、マジで、自分に酔っているだけですから。自己満足と自己愛を満たすためだけに、日本を差し出そうとしているだけですから。権力に慣れていない愚民が権力を持つと大変なことになるという歴史が、今まさに、繰り返されています。
日本の命綱である科学分野や技術投資を「無駄」と切り捨てて、ありとあらゆる事業を廃止して、それで、どれだけの失業人、倒産企業が出るのか想像もできないのかしら。
ますます、不況がひどくなる。地方は死にます。
それでも、民主党は、「マニフェスト」に掲げた項目に予算をつぎ込みたいために、これかもどんどん、「無駄」を作り出して廃止していくのでしょう。
そこまでして、「子供手当支給」を実現したとして、それこそ「無駄金」「死に金」ではないのかしら。子供の貧困貧困といってますが、これの原因は、不況ですから。お父さんの給料が減って、または失業して、それで子供にしわ寄せがいっている。お父さんがお母さんが昔のように働ける環境が戻ってきたら、自然に子供の貧困も解消され、子供手当なんて必要なくなります。
子供手当を支給したところで、その子供が成長して働ける場所がなかったら、それこそ、本末転倒じゃないですか!
前にも書きましたが、節約も大切ですが、それと並行して収入を増やすことも考えないと、ジリ貧になるだけ。
というか、このままじゃ、子供たちが成長する頃には、日本はないんじゃないの?
中国の一部にでもなって、北京に出稼ぎ行くのが定番になっているわよ。
まったく、「奇跡の復興」とい言われた日本が、なんで、こんなことに。リーマンショックのときだって、世界で日本が一番無傷だといわれていたのに。とうか、もっと信じられないのは、それでも民主党の支持率が高いこと。
ほんと、みなさん、パフォーマンスに弱いこと……。
でも、一番の元凶はマスコミさんだけど。
麻生さんがそんなこと言ったらメッタ斬りしていたであろう失言も、鳩山さんならスルー。
観劇だファッションショーだと、連日連夜のセレブイベントも、鳩山さんなら、スルー。
なんなのかしら、このエコヒイキは!
もう、薄気味悪くてしかたありません。
だいいち、マスコミさんが推奨するものは、まったくもって怪しい道だということは、歴史が教えてくれています。
第二次世界大戦も、南米の移民キャンペーンも、「地上の楽園北朝鮮」キャンペーンも、マスコミが煽って煽って、それで人生狂わされた日本人は多数。
むしろ、マスコミが否定的に扱うものは「正しい」ことだったりします。
歴史を紐解くと。

ああ、もうだから、これ以上の不況は本当に勘弁です!


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◆ゴミ問題の意外な原因◆09/11/23up

風邪をひきました。
こんな本格的な風邪は、何年振りでしょうか。
ヘルペスも大活躍、顔下半分が、大変なことになっています。
それでも、ゴミを捨てに行かなくてはならないと、だるい体をひきずり頑張って朝起きたのに、収集車は行ってしまいました。
8時32分。2分、遅かった……。

さて、先週でしたか、NHKで、「ゴミ屋敷・ゴミマンション」問題を取り上げていました。
どうも、増えているらしいのです。
ワイドショーの格好のネタ、ゴミ屋敷は、今となっては、特殊な人の専売特許ではないのだと。普通の人々も陥る可能性がある問題なんだとか。
で、訳知り顔のなんちゃらコメンテーターというおっさんが出てきて、「これは、自己責任、格差社会のひずみが生んだ社会問題です」とかなんとか分析していましたが、それ、無理矢理すぎませんでしょうか。「アンチ格差社会・自己責任」がトレンドとはいえ、なんでもかんでも結びつけるというのは、あまりにも短絡的と申しますか。
番組で紹介されていたゴミ屋敷、マンションの住民は、数十万円から百万円もの大金をつぎこんでゴミの処理を業者に依頼できるほどには、生活に余裕がある人々でした。少なくとも、ワーキングプアな人々でも底辺社会の人々でもありません。そもそも、底辺な人々に、あんなにモノを買うお金はないでしょう。
実際、ゴミ屋敷・マンションの原因のひとつに、買い物依存症というものがあり、買い物依存症に陥る人は、ある程度財力がなければできません。借金するにしても、借金できるだけの下地が必要なわけですし。
あと、なんちゃらワーカーという人もでてきて、「現在社会の孤独」を原因に挙げていました。また、それですか……と、ちょっとうんざりとした気分になりました。
格差社会、自己責任のひずみ、孤独。まあ、なんとも、便利な言葉です。とりあえず、これを言っておけば社会を語ったことになるという、魔法の言葉でございます。NHKなのですから、もうちょっと新しい切り口で問題を取り上げてくれると思ったのですが。

どうして、「ルールの厳格化」というのが、ゴミ屋敷・ゴミマンションの原因に挙げられなかったのでしょう。
私の個人的な印象ですが、ゴミ屋敷・マンションの原因にひとつに、ゴミを出すルールの厳格化というのがあると思います。
ゴミの分別がはじまって久しいのですが、このルールがはじまったあたりから、ゴミをため込むフツーの人々が増えていったんじゃないかと。
ゴミ屋敷・マンションの住人は一人暮らしが多いということですが、一人暮らしで孤独だから、その孤独を埋めるためにゴミを溜めて……みたいな流れよりかは、一人暮らしで仕事に忙しく、ゴミをきっちり分別する暇も捨てるタイミングも合わず、気がつけば部屋はゴミだらけ……という流れのほうが自然な気がします。
一人暮らしですと、とにかく、ゴミを捨てるというのが案外負担なんですよ。
特に、私みたいに夜型の人間ですと、ゴミを出さなくちゃいけない時間までに起きるのがどうしてもキツくなる。
残業が多く、家には寝に帰るだけの生活スタイルの人も同様だと思います。
特に、ゴミの分別は、相当な難関です。ゴミを分別することじたい大変なのに、それを捨てる日が細かく限られていて、そのタイミングを外してしまうと、次の収集日は来月……みたいな。
私もそうやって、なかなか捨てられないゴミが、いくつかあります。そのひとつが電池や電球類なのですが、なんと、前に住んでいたところでもなかなか捨てられず、今のところに引っ越したときに運んできたゴミで、もうかれこれ10年にはなります(笑)←笑いごとではないんですけどね。
冷蔵庫の中には、容器と中身がすでに一体化してしまったような得体のしれないかつての食品もいくつか鎮座しています。いつか、中身を取り出して分別して捨てよう捨てようと思っているのですが、容器を開けるのが恐ろしくて……。
リサイクル法ができてからは、さらに捨てられないゴミが増えました。
壊れたパソコン、ディスプレイ、ワープロ……それらが部屋の一角を占領しています。

こういうことが積もり積もって、ゴミ屋敷・マンションになった例は多いと思います。一度ゴミだらけになると、それに慣れてしまって、というか、手に余ってしまって、どうにもできなくなる。それで、投げやりになり、放置してしまうんですよね。
つまり、ゴミ屋敷・マンションの住民は、基本的にいい人なんだと思いますよ。少なくとも、違法投棄したりルールを破ってまでゴミを捨てようという考えには至らない人々。それは、つまり、問題を一人抱え込んでしまう人でもあるということです。まあ、すぼらではあると思いますが。
今のゴミ出しのルールは、朝寝早起きで規則正しいきっちりとした生活を営んでいる人を基本にしていますが、そのルールでは従いたくても従えない人たちもいるんです。
なのに、世の中は、厳格化・脱無駄化、なにがなんでもエコの流れです。いやはや、まったく、ずぼらな人には、ますます住みづらくなるでしょう。

それにしても、今日出しそびれたゴミ、……はあ、なにか憂鬱です。

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◆文化大革命!?◆
09/11/14up

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20091113k0000m040079000c.html
より。
民主党のエロイ人が、「政治の文化大革命がはじまった」と意気揚々と、自分らのやっていることを自画自賛しているようです。
文化大革命ですと? 文化大革命というと、粛清の代名詞。
文化大革命のせいで、中国では、数知れない優秀な人が潰され、1000万人以上が殺され、重要な歴史も文化は破壊され、そして経済も停滞しました。いわゆる、中国の暗黒時代。
それを日本でやると?
民主党……怖い子(白目)。

しかし、この事業仕分け、家庭や企業、小規模な団体では効果はありますが、国でそれをやるのはどうなんでしょう。
これって、いわゆる、「節約」でしょう?
デビュー前に、主婦向けの家計節約本を書かせてもらったことがあるんですが、「底値を知ろう」とか「袋分け予算を立てよう」とか「つもり貯金をしよう」とか、そういう家庭での節約術を国家規模で、はたして応用できるもんなんでしょうか。
家庭でさえも、「絶対削れないお金」というものはあるもんです。
それは、「教育費」。
子供がいない家庭では、「自己投資」。
つまり、投資なくして、未来はないということをちゃんとみんな心得ているんです。
なのに、必殺仕分け人は、技術分野の予算も無駄と切り捨てました。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009111402000066.html

そもそも、世の中に氾濫する家計節約は、度を超えたケチケチ道。守銭奴の道です。
人生の目的を「おカネを貯める」ことにしぼっています。トイレの水は流さないとか、顔は外で洗えとか、雑草を食えとか、新刊は買わずに図書館を利用しろとか、そんな極端なことばかりが紹介されています。
そういうケチケチ道に日頃から疑問を感じていた私は、この節約本の仕事をいただいたとき、かなりの複雑な心境でした。
「こんな暮らし、つまらない」と。
ところが、監修にあたってくれたファイナンシャルプランナーの先生も、ケチケチ節約術というのは、あまりやりたくないと。
先生曰く、「節約より有効なのは、収入を増やすことです」。
でも、まあ、その収入を増やすことが難しい今だからこそ、節約なのかもしれませんが。
ただ、国民全体が過度の節約病にかかると、間違いなく、経済は破綻します。
きれいで栄養ある水は、やはり、常に流れ続けていないと。
決まった収入の中で節約ばかりに躍起になっていると、泥沼になるだけです。やはり、流行の服は着たいし、おいしいものを食べたいし、極上のエンタメを楽しみたい。それが無駄遣いだと分かっていても、ハメを外したいのが、人間ってものです。無駄をすべて封じ込めてしまったら、人間やってておもしろいのかしら? というか、小説とか映画とかお芝居とか音楽とか芸術関係は、無駄なしでは考えられません。

民主党のやろとうしていることは、誠に理想的ですが、しかし、やはり、理想(マニフェスト)という呪いに縛られてしまっているようです。
というか、文化大革命だけは勘弁してください!
あれ? ということは、日本版文化大革命の四人組は誰になるの?
あの人とあの人とあの人とあの人?
ということは、……その行く末は……。
そして、歴史は繰り返す。


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◆リトル・プリンセス◆
09/10/25up

この秋の連続ドラマは、なかなかの収穫です。私の必見リストに載ったのは、「相棒」「不毛地帯」「行列48時間」「アグリー・ぺティ3」、そして「小公女セイラ」。

「小公女(リトル・プリンセス)」といえば、往年の大映テレビの元祖のような、少女の流転物語。見どころは、やはり、大富豪の娘から一転、無一文のみなしごになった少女に対する、周囲の強烈な手のひら返しでしょうか。この手のひら返しが、まさに、「小公女」のテーマであるともいえます。
いわゆる一発屋といわれる人たちも、もれなく、この壮絶な手のひら返しを経験しているようです。
武田鉄也さんがその昔、「母に捧げるバラード」で紅白歌合戦に出るまでブレイクしたあと、一気に落ち目のどん底に突き落とされたとき、この手のひら返しを味わったそうです。そして、「このどん底を、しっかり見ておこう。このどん底にこそ、人間の本性がある」みたいなことを思ったんだそうです。

さてさて、リトル・プリンセスといえば、私もかつて、プリンセスだった時期がございます。
母親が、地元で一位二位を争う有名キャバレーのナンバーワンホステスだったおかげで、物心ついた頃から、母が務めるキャバレーのホステスさんたちにちやほやされ、母のボーイフレンドたちに甘やかされ、お小遣いもたんまりもらい(小学3年生で、20万近い貯金がありました)、欲しいものはたいがい買ってもらい、食事だって食べたい物を食べたいだけ食べ、スキヤキだって、おでんだって、私専用の鍋で私ひとりで食べ、テレビだって見放題、漫画も読み放題、服だって選び放題、それにどういうわけか子供の頃は他の子よりちょっとだけ勉強もできたものですから先生からも可愛がられ、近所のおばさんたちからもよくしてもらい、とにかく、王女のように育てられたのでした。縦のものを横にもしない、というのは、まさに私のことです。例えば、テーブルに水をこぼすと、「ね、ふいて」と、母を呼びつけて拭かせるような超我儘ぶりでございました。
そりゃ、住んでいたアパートは劣悪で、バレエ教室にも通わせてもらえず、バレエ公演の代わりに橋幸夫ワンマンショーを見るハメにはなりましたが、それ以外は、本当に何不自由なく暮らしていたのでした。
なにしろ、四畳一間の長屋アパートだったにもかかわらず、シルクの高級絨毯、最新の家具調カラーテレビに冷蔵庫にステレオ、シャンデリアのような照明、ロッキングチェア、そしてバカでかい水槽の中には珍しい熱帯魚。成金富豪の豪邸の中身をきゅっと凝縮したような部屋でございました。
まさに、我が世の春。
だから、気付かなかったのです、忍び寄る悪意に。
それは、小学3年生。「地球は私のために回っている」と、お花畑全開な私は、いつのまにかできていたクラスの派閥というものに気がつかないでいました。派閥といっても、下校するときのグループなんですが、その中でも最大派閥に、私はいつのまにか所属していました。所属している自覚もないまま、毎日一緒に帰っていました。本当は一人で帰りたかったのですが、グループで下校するのが決まりだったので、しかたなく、みんなのあとにくっついていたのです。でも、グループのみんなと会話をした記憶はありません。たぶん、私お得意の妄想を繰り広げ、一人、にやにやしていたものと思われます。今でいう、不思議ちゃん系でした。
が、その頃から、頻繁に、ものがなくなったり、壊れたりしました。覚えているだけでも傘、筆箱、下敷き、ノート、手鏡などなど。どれも、他の子は持っていないような、ちょっと変わったもの……ぶっちゃけお高いものでした。例えば、ロックダイヤルつきの筆箱とか。当時はまだ珍しかったワンタッチの傘とか。
あと、よく怪我をしました。どういうわけか服もよく汚れました。ドッジボールではよく標的にされましたし、話しかけても誰も答えてくれないことも多々ありました。その反対に、ちょっとしたことで笑われることが多くなりました。
でも、私は、まったく気づいていなかったのです。
担任の先生に呼び出されて、「幸子さん、あなた、いじめられているの?」と言われるまでは。
「え?」
イジメというのもよく分からなかった私です。きょとんとしている私に、先生はさらに続けました。
「××さんと◎◎さんが、先生に教えてくれたんですよ、幸子さんが▲▲さんにいじめられているって」
××さんも◎◎さんも▲▲さんも、下校グループのメンバーです。言われてみれば、▲▲さんは下校グループのリーダー格で、クラスでの影響力も大きく、彼女の言動がグループ、及び教室の空気を作っていたようなところがあります。
いやいや、それにしても、まったく気がつかなかった!
が、あとで聞いた話だと、このいじめは学校でかなりの問題になり、××さんと◎◎さんの証言によると、とても直視できないものだったので、先生にチクったのだとか。
でも、まったく、記憶がない……。どこかで記憶を消されたか?
一方、▲▲さんは、先生にかなりの制裁を受けたようで、そのあと、別人のように私に優しくなりました。優しくなったというか、媚を売ってくるというか。特に先生の監視の目が光っている場所では、もう痛々しいほど、私を褒めちぎるのです。
覚えているのは、「シューベルトが好きな食べ物はなーんだ。シューマイ!」という、ダジャレにもなっていない自作のナゾナゾ(当時私は、バカみたいにナゾナゾを創作してはそれを答えとともに披露して、周囲にウザがられていました)に、▲▲さんは、「すごい、すばらしい、こんなすごいナゾナゾ、聞いたことない! 幸子さんは天才だ!」と、一歩間違えれば褒め殺しのような大絶賛をしてくれたことです。他のクラスメイトも拍手喝采。我ながら微妙なナゾナゾだと思っていましたので、あのときのバツの悪さは、いまだにときどき思い出します。
そんなこんなで、影響力の強い▲▲さんのバックアップのおかげで、私は、いつのまにか「クラスの女王」になっていました。私がやることなすこと、みんなが絶賛してくれます。いや、これもまったく、自覚がないんですが……。というか、今思えばピエロじゃないか? 
まあ、いずれにしても、怪我をしたり物が無くなったりすることもなくなり、そして、幸子さんは幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

が、人生には、いつ節目というのがやってくるのか分かりません。
プライベートでもクラスでも王女となった私ですが、その期間は短く、転落はあっというまでございました。
母がなにをやらかしたのか、夜逃げ同然で引っ越し。母は別人のようにヒステリックになり(本当に別人になったのかと思っていました)、出てくる食事もモヤシの野菜炒めか玉ねぎだけのお味噌汁。漫画を買うのも制限され、家具調カラーテレビも壊れ中古の小さなテレビに格下げ、服も着たきりすずめになりました。とにかく、母ははいつでもイライラし私を叱り続け、家に居づらい私は当てもなく駅の改札口に行っては、いったい誰を待っていたのか、何時間もぼんやりと人の往来を眺めていたものでした。
さらに、引っ越し先の方角がよくなかったのか、私は強度の神経症にかかり、頭髪の半分以上は白髪に。それまでの天真爛漫というかおバカで鈍感でお花畑な性格が一転、ありとあらゆるものが素手で触れなくなるという超神経質な子供となってしまったのです。その延長で十二指腸潰瘍にもなり、いまだに続く胃痛との戦いが始まるのです。そのせいか、表情も著しく変わりました。
それは、久しぶりに会った人が、私を私だと気がつかないほどの激変ぶり。私はこの時期を境に、プリンセスとは程遠い性格と個性を身につけていくのでございます……。(どこかにつづく)


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◆掃除中◆
09/10/17up

バイトがひと段落して、暇を持て余している週末。ここはひとつ、掃除でもしようかしら、と、外付けのハードディスクの中身の整理を始めました。ネがぐーたらな性格なので、データなんかも適当に収納してしまうので、あとでどこにしまったのか分からなくなり、さらに「まぁ、いいっか」と、そのままにしてしまうので、とにかく、大変なことになっているのです。
で、掃除をはじめたとたん、懐かしい画像が! ああ、この画像、撮った、撮った、と、ひとり楽しんでいたら、すっかり昼下がりになってしまいましたのことよ。午前中には整理が終わるはずだったのに!
でも、まあ、これも、掃除の楽しみではあります。古い雑誌や新聞、そしてアルバムを見つけて、掃除そっちのけで夢中になる。そして、過去の自分を振り返り、「ああ、あんなこともあった、こんなこともあった、でも、頑張って乗り越えた、偉いわ、自分」などと笑ったり涙ぐんだり、そして今現在の不幸で押しつぶされそうになっている心を奮い立たせる……というのが、掃除の真骨頂なのであります。
と、いうことで、懐かしの画像の一部をちょろっとご紹介。



 

2001年頃。当時、私はベランダで、バラを育てていました。黄色がジローで、アプリコット色がサブローです。アブラムシや得たの知れない虫やらと格闘しながらも、懸命にお世話し、その甲斐あって、毎年五月、私のベランダはバラの芳香に包まれたものでした。



↑サブロー



↑ジロー

しかし、今となっては、その面影もありません…。二本の枯れ木が、鉢に突き刺さっている状態で、ベランダにぽつりと放置されています。思えば、バラを枯らしてしまったあの頃から、私の人生はなにやら投げやりになってしまいました。部屋のインテリアにもあんなに凝っていたのに。
今は……(涙)
どこかで、立て直さなくちゃいけません。

↓は、某私鉄の車内ステッカーです。マナーを啓蒙するものらしいのですが、「え、こんなに堂々と見せちゃう見せたがりが、そんなに多いの?」と驚愕したものです。そりゃ、確かに、電車の中で露出狂に遭遇したことは数回ありますが……、つか、マナー以前の問題では? それとも、ここまで啓蒙しなくちゃいけないほど男性陣の露出は深刻なことになっているのか! と、これを見るたびに、微妙な気持ちになったり、顔を赤らめたり、憤ったり。が、よくよく見てみると、これ、必要以上に足を広げて座るなっていうお知らせなんですよね。
……私の考えすぎでした。




ああ、そして、そして。↓の画像も出てきました!
あまりにあまりな記憶なので、封印してしたのに……。
↓の三連発は、2006年頃、ロンドンに旅行に行ったときの画像です。
どうしても見たい絵がありまして、発作的にロンドンに行ってきたのはいいのですが、そのツアーというのが、超格安ツアー。
はじめての国ならば躊躇していたはずですが、まあ、ロンドンなら、もう何度か行ったし、それに、今までも格安ツアーを利用したけれど、案外いいホテルばかりだったし……。今回も大丈夫でしょう! と高をくくっていたのが運のつき。
安かろ、悪かろ、とはよくいったもんで、航空会社もさることながら、あてがわれたホテルが……。
半地下の部屋で、壁中カビだらけの穴だらけ。誰かを監禁して、その人が暴れまわったんじゃないかと思われる、DV部屋です。テレビの画面にはヒビがはいりもちろん、写りません。
しかも、シャワーが! 熱湯か水しかでないという、究極の二者択一。しかし、熱湯になる前のほんの数秒、奇跡的に適温になる瞬間がありまして、その奇跡の瞬間を何度も再現しながらシャワーを浴びたものでした。
さらに、さらに! ドアの鍵がかからない! なので、しかたなく、部屋にある椅子やらスーツケースやらでドアを塞ぎ、枕もとに唯一武器になりそうな「地球の歩き方」を置いて、毎日泣きながら寝ていました。
さらにさらに、当時のロンドンの物価の高さと来たら! 地下鉄の初乗りが700円ぐらい? 水のペットボトルも300円ぐらい? マックのセットが1500円ぐらい? とにかく、私の知っているロンドンではなくなっている! なにをするんでも、日本円で1000円ぐらいがすぐにふっとび、滞在二日目でいきなりの金欠状態。
そんなこんなのストレスが胃にこないわけはなく、猛烈な胃痛にまで襲われ、まったくもって、散々な一週間でございました。
挙句の果てには、なにか変なものを連れ帰ったらしく、このロンドン旅行から帰ってきから数日間、怪奇現象にまで見舞われ……。
あんなに好きだったロンドンが、悪夢の色で塗りかえられてしまいました。どこかで、この悪夢色を払拭しなくてはいけないと思っているのですが……。



↑天井を見上げると……いやぁぁぁぁ


↑こんな不気味な穴が、そこらじゅうに……


↑あまりにでかすぎる穴は、ビニールで。
よくよく見ると、ガムテープには、日通のマークが。
なぜ?

私の本がなにかの奇跡でバカ売れした暁には、必ず、お金をかけてロンドン旅行を楽しみたいです!
そして、こんなお風呂で、ゆっくりと……。





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◆金木犀の香り◆
09/10/11up

今年は、金木犀はどうしたのかしら……などと思っていたところ、一昨日あたりから、ようやく香ってまいりました。窓を開けると、もう、なだれこむ様に金木犀の香りが。
うん、これでこそ、秋です。
金木犀というと、数年前に行ったパリ旅行を思い出します。超貧乏旅行、せっかくのパリなのにグルメひとつも堪能することなく、ただひたすら骸骨を求め歩いた一週間。「ボンジュール」がどうしても言えなくて、何人ものパリジャン、パリジェンヌに苦笑されまくった一週間。スリに脅え、たすき掛けした鞄をさらに胸にかき抱いてびくびと警戒しっぱなしの一週間。
帰りの飛行機では、いきなり殴る蹴るの喧嘩をはじめる中国系の方々にがくがくと震えっぱなしの十数時間。
へとへとになって日本に帰ってくると、噎せ返るような金木犀の香りと、そして、空にぽっかり浮いている三日月。
「ああ、日本だ……」と、ガラにもなく、涙ぐんだものでした。そして、とんかつ弁当を買って帰り、そのおいしさに、またまた涙ぐんだ私でした。
旅行の思い出というと、なぜだが、帰ってきたときの町の風景が一番印象に残ります。見慣れた日常なのに、初めてのような懐かしいような、なんともいえない切なくて新鮮な感覚。この感覚を体験するために、人は旅に出るのかしら……などと、ちょっとおセンチになったりして。
ということで、当時の感覚を思い起こすためにも、そのときのパリ旅行記を再度、アップしておきます。 >>>>>>>>Paris2003


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◆吉田茂とツーショット◆
09/09/26up

先日のNHKのドラマ、「白州次郎」は、大変素晴らしい作品でした。時代考証も隅々まで気が配られ、なにより、画質と美術と衣装と風景が見事でした。日本の田舎(といっても、今の町田市ですが)が、まるでイギリスのカントリーのよう。あと、煙草嫌いの私ですが、演出としての煙草および煙草の煙がとても効果的に使われていて、これはこれでアリかなと思いました。煙草の煙と朝靄が印象的な、スモーキーな一作です。
演出テーマのひとつに、古き良きイングランドの空気、というのがあったんじゃないでしょうか。吉田茂が、本当にチャーチルに見えてきました。実際、「和製チャーチル」と呼ばれていたようですが。
で、ふと思いだしたんですが、「あ、私、吉田茂と写真撮った」。
探したら、パソコンの奥に残ってました。



ロンドンの「マダム・タッソー蝋人形館」での、ショットです。欧米の有名人たちが立ち並ぶ中、唐突に現れた紋付き袴のおじいちゃんに、びっくりした記憶があります。
本当に唐突に現れるんですよ。掛け軸を背負って。しかも、自然体で座ってらっしゃる。まるで、観光に疲れた日本のおじいちゃんが「やれやれ」と座っている感じで。もうかれこれ、十年以上前の写真ですが、今も吉田茂閣下は、あの場所に鎮座されているのでしょうか。
なにか、確認しに、行きたくなりました。ロンドン。でも、軍資金がないので、東京タワーの蝋人形館で我慢。……我慢なんていうのは失礼ですね、東京タワーに。東京タワーの蝋人形館は、かなりマニアックなラインナップで、本家にも負けてないと、個人的には思っています。
↓は、東京タワーの蝋人形館にて、フランク・ザッパと。


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◆日本がなくなる日◆
09/09/18up

選挙が終わって二週間余り。何人かの友人、同僚と選挙の話をする機会がありました。

Aさん「なんとなく、そうしなくちゃいけないような気がしたから民主党に投票したけど、よくよく考えたら、子供手当も高速無料化も、私には全然関係ないじゃん! 子供いないし車もない私は、むしろ税金がさらに上がるよっ」
Bさん「なんか、今、冷静に考えたら、なんで政権交代が必要だったのか、よく分からなくなった。子供がいるから子供手当はありがたいけど、それで他の控除がなくなったり税金が上がるんじゃ、意味ないし…。というか、子供手当や高速無料化って、そんなに熱心に望まれていたっけ? そりゃ、手当が出れば嬉しいし、無料なのもいいけど、でも、そんな理由でなにも、あんな大騒ぎして政権交代しなくても……。明治維新とよく比較されるけど、それはいくらなんでも、明治維新に失礼だと思うわけよ、明治維新は、国を開くかどうかの、それこそ国を挙げての革新が必要だったけど、今回のは、子供手当に高速無料だよ? なんか、しょぼくない?」
Cさん「つか、民主党、本当に大丈夫なの? 半分以上がど素人で、なんか、今になって不安になってきた。いや、確かに、今までも『こんな大臣で大丈夫か?』というのはごまんといたよ? でも、大臣がアホでも官僚がいたから安心だったけど、今回は官僚を抑えつけて自分らですべてやろうとしているんだよね? つか、官僚の無駄遣いとかいうけど、一番の無駄遣いは、政治家の必要経費と給料だと思うわけ。民主党も、倹約令を敷くならば、まずは自分でお手本を見せてもらわないと。少なくとも、半人前の新人議員は、半額、いや、ただ働きでいいと思うわけよ。丁稚奉公からはじめろって」
Dさん「CO2、25%削減って、なんだかすごい目標を公言しちゃったけど、温暖化じたい、本当かどうか分からない妄想だと言われているのに。私が小さいとき、子供向け科学雑誌で、地球はこれから氷河期に向かってて、その前兆として一時的に気温が上がる、みたいな記事を読んだことあるんだよね。なのに、いつのまにか温暖化一辺倒になっちゃって……。あの科学記事がインチキだったのかな……と思っていたら、ここにきて、「プチ氷河期」がやってくるみたいなことが言われ始めてきたよね? どうすんの、これ。まあ、確かに、エネルギー転換は必要だとは思うけど。でも、目標数字ありきで具体策は後回しって、まるで怪しいものを取り扱っているマルチ会社のワンマン社長みたいで、ものすごく不安」
Eさん「なんか知らないけど、近いうちに、日本は中国に合併されるらしいよ。民主党は、東アジア共同体というのをやるらしくて、それが実現したら、日本と韓国は中国に吸収されるみたい。民主党は、その手始めに、沖縄を中国に差し出すんだって。もし、日本が中国の属国になったら、私、絶対、アメリカかオーストラリアに亡命する。今から、ポートかヨットの操作を練習しておく。マジで」※

などなど、まるで「振り込め詐欺」にあった被害者が、お金を振り込んだあとに、あっと我に返った、そんな感じです。
みんなの共通の意見としては、「マスコミが煽りすぎだよね」ということでした。
マスコミもどういうつもりであんな「政権交代」キャンペーンをはったのか。まあ、視聴率を上げるための一種の演出だったのかもしれませんが、今回の選挙は、歴史に残る「プロパガンダ選挙」だということは間違いないようです。

そんなこんなで、マスコミの頑張りのおかげで、すっかり「自民党と官僚は悪」、「悪をくじく民主党は正義」という図式が出来上がってしまいましたが、その図式を見て、ふと思いだしたのが、田沼意次と松平定信です。
田沼意次というと、賄賂政治。時代劇でもおなじみの悪役です。で、その悪役をやっつけるのが、松平定信。時代劇ではすかっとした勧善懲悪で終わるこの二人の戦いも、実際には、「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」とうたわれるように、「経済改革」という意味では、田沼意次のそれのほうが成功し、松平定信のそれは理想論や形式ばかりが先行して逆に庶民を苦しめました。今となっては、江戸時代に自由競争の資本主義を実現させた田沼意次の改革のほうが高い評価を得ているようです。
という私も、実は田沼意次派で、時代劇で田沼様が悪く描かれれば描かれるほど、ひとり萌えておりました。
松平定信のような理想家は、どうも苦手です。
だって、理想家は、往々にして、極端から極端に走るじゃないですか。
恐怖政治のロベスピエールしかり、ヒットラーしかり、ポルポトしかり、連合赤軍しかり。彼らを「粛清」という名の殺戮に走らせたのは、他でもない、理想と志なのです。理想も志も諸刃の剣。その背後には、いつでも暗黒面が広がっているんですよね。なんとも皮肉なもので。


※ 日本が中国の属国になる。……まあ、これはいくらなんでも都市伝説に近い心配だとは思うのですが。……でも、沖縄ビジョンというのもあるし……選挙前日の池袋の戦い(東口に麻生さん、西口に鳩山さんがほぼ同時間に演説)では、日の丸が大量にはためいていた東口に対し、西口は日の丸はひつもなく、その代りに中国の国旗が振られていたとかなんとか、そんな噂もあるし……。
いずれにしても、東アジア共同体という構想は、実際にあるようです。EUのようなものを目指しているらしいのですが、いやいや、どう考えても、そんなのがアジアで実現したら、日本は中国に吸収されちゃうのがオチです。というか、少なくとも中国はそう思っているような気がします。
有史以来、日本はずっと独立国であり続けました。第二次大戦後も一時占領はされましたが、なんとか国体は護持しました。なのに、なんでここにきて、ほいほいと自ら属国の道を選ぼうとしているのか……。世界的な金融危機に際しても日本は割と軽傷で済んだというのに、私には、よく分かりません。ただの取り越し苦労ならばいいのですが、ジョン・タイターの予言もあるし……ちょっと不安。
日本が中国の一部になったら、私はどうするでしょうか? 若かったら、地下にもぐってレジスタンス運動でもするかもしれませんが、歳も歳ですし……やっぱり、亡命?  えー、でも、どこに? 日本語しかしゃべれないのに……。というか、日本大好きなのに。……なんで、このままじゃ、ダメなのかしら?

ちなみに。民主党員である土屋都議会議員のブログを見ると、私の不安がただの妄想ではないことがよく分かります。
しかし、寄せ集めといわれた民主党、なるほど旧社会党の残党(サヨク)から保守派まで、なかなか幅広いラインナップです。こりゃ、大変だ……。


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◆集大成◆
09/09/15up

「メフィスト賞、受賞しましたよ」というお電話をいただいたのが、2004年。そして、実際にデビューしたのが2005年。もう、まる四年が過ぎ、五年目を迎えています。
いまだ作家という自覚はなく、フリーターという肩書のほうがぴったりな私は、今日もアルバイトでくたくたです…。もう本当、体力がみるみる落ちています。視力も。
どうやら、老眼というやつが訪れたようです。メガネをしていると近くのものが見えづらく、メガネをオデコにずらすこともしばしば。そんな自分の姿が写ったガラス窓を見て、「どこのお爺さんだよっ」と泣き笑いしてしまいました。なるほど、お爺さんが眼鏡を外したり、頭に差したり、おでこに持っていったりしているのは、こういうことなのか……と。
アルバイトでくたくたですが、12月に発売予定の小説の原稿にも追い込みをかけています。この小説は、私の四年の集大成というべき作品で、デビュー作から前作までの小説のエッセンスをぎゅっと凝縮。私の今までの作品がこの世からなくなっても、この作品があれば、「あ、真梨幸子ってこういうのを書いていたんだ」と分かるような一冊です。その分、正直、ちょっとハードなハードルがいくつかあるのですが、捨て身で頑張ってみます。眼鏡をオデコに差しながら。


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◆料理天国◆
09/09/04up

慢性の金欠病に悩む私ですが、2週間に一度の割合で、贅沢を許しています。
その贅沢とは、近所のフレンチレストランで、1680円のランチを楽しみことです。小さなレストランですが、野菜とパンがとてもおいしいんです。オードブルもメインもとてもボリュームがあり、1日分のカロリーと栄養を一度でとることができます(実際、そのフレンチランチをとった日は、その一食で済ませます)。
しかし、いい世の中になったものです。普段着で、しかも一人で、予約もなしにふらりと気楽にフレンチが楽しめるなんて。昔のフレンチといえば、それこそ一大イベント。何日も前から予約をして、おめかしして、電車に乗って、わざわざ行くものでした。
イタリアンとかフレンチとかが、カジュアルにそしてリーズナブルに楽しめるようになったのは、やはりバブルという時代があったからでしょう。バブルというと時代のあだ花というイメージですが、それまで庶民にはなかなか手の届かなかった文化の裾野を広げてくれたという意味では、それなりに価値のある時代だったと思うのです。

私がはじめてフレンチを体験したのは、お恥ずかしいことに、社会人になってからでした。同僚の結婚式の披露宴。しかし、残念ながら、あまりおいしいとは思いませんでした。期待値が高過ぎたせいかもしれません。
なにしろ、小学生のころから、フレンチのコースを妄想していた私です。図書館で借りたテーブルマナーの本と、フランスの旅行ガイドを繰り返し読んでは、フレンチを食す自分自身をシミュレーションしていました。
その頃の、最大の楽しみは、「料理天国」という番組です。
土曜日の夕方6時、TBS。芳村真理と西川きよしが司会の料理バラエティです。料理番組というと、それまでは「3分間クッキング」や「きょうの料理」のような家庭料理のテキスト的なものだったのですが、この「料理天国」は、後の「料理の鉄人」や「どっちの料理ショー」の元祖というべき、画期的な番組でした。
なにしろ、30分という時間の中に三つの企画(ゲスト三人が料理を競うコーナーと、有名人のお気に入りのお店を紹介するコーナー、そして世界の料理を再現するコーナー)が盛り込まれた、なんとも贅沢な作りだったのです。特に、辻調理師専門学校のシェフたちが作る世界の料理の豪華なこと! その料理を惜しげもなく食べる龍虎が恨めしかったのなんの。小学生の私は、ただただ、「羨ましい」という一点だけで、龍虎さんを憎んでおりました(笑)。だって、ブラウン管の中で龍虎さんが食べている料理と、実際に私の目の前にあった卓袱台の夕食の、あまりにあまりな格差。あちらが「料理」なら、私が食べているのは「餌」と言っても言い過ぎではありませんでした。
いつか、いつか、龍虎さんを追い越してやる! そんな無謀な野心をメラメラと燃やしていた、小学生の私でした。

その野心は、やがて、ヨーロッパ(特にフランス)への憧憬へと変化していきました。なにしろ、龍虎さんが美味しそうに食べている料理は、圧倒的にフレンチが多かったものですから。手始めに、フランスのガイドブック、そしてフレンチのテーブルマナー本。さらに、フランス映画、フランス文学、ついには、フランスの歴史へと興味の対象は次々と広がっていきました。
そもそも、物心ついたころから百科事典が大好きで、その中でも「歴史の巻」を愛読していた私でしたので、「歴史」を紐解くのは自然なことではありました。しかし、その行為に「憧憬」という感情がオプションとしてついてしまったことで、私は、小学生にして、「歴史おたく」の道を歩むこととなったのです。しかも、政治・経済の側面から見る表の歴史ではなく、「風俗」という側面から見る歴史です。

気がつけば、いつのまにか、変な本ばかりが増えていました。いわゆる「歴史書」というのはあまりなく、「猥褻画の歴史」とか「拷問の歴史」とか「下着の歴史」とか、そんなのです。本屋で、「これは!」という本を見つけたら、それがどんなに高価なものでも、速効で買ってしまいます。
いつか、これらの本を参考文献にした小説が書きたい! ずっとずっと、そう思ってきました。
そう、18世紀のパリを舞台にした、たぶん、今まで誰も描いたことがないような、庶民と風俗をテーマにした小説を! 
……実は、今、進行中です。うまくいけば(うまく行ってください!)、私の悲願が、来年には形になるかもしれません。

(追記)
あ、そういえば、今思い出したのですが、私のフレンチ初体験は、高校生の頃、学校の行事の一環だった、「テーブルマナー」の授業でした。箱根の某有名老舗ホテルのレストランで、正式なコースを体験したのでした。
授業だけあって、アユの丸焼きとか、皮つきリンゴ丸ごととか、一癖も二癖もある難関素材が次から次へとやってきて、味なんてまったく覚えていません。
ちなみに、皮つきのリンゴ丸ごとをフォークとナイフで食べるなんてシチュエーション、あのテーブルマナー以来、一度も巡り合っていません。あの授業が実用性のあるものだったのかどうか、いまだによく分からないままです。


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◆嘆きのスカート◆
09/09/03up

税金を支払ったら、生活が底をつきました(涙)。もう、マジでダメかも知んない、貯金だって使い果たした、バイトをしたって追いつかない、もういっそのこと死んで楽になりたい……。なんてことを思っていたところ、思わぬ収入の目途が。……はあ、助かった! これで、年内はどうにか生きていけそうです。
金策に走る中小企業の社長さんの気持ちが、よくよく分かります。もう、毎月毎月、月末が恐ろしい。自殺してしまう社長さんも多いと聞きますが、こんな綱渡状態が延々と続くと、死んでしまいたくもなるだろうな……と。
ただ、私の場合、住宅ローン以外の借金はないので、まだマシなのかもしれません。あと、養わなくちゃいけない家族も、守らなくちゃいけない従業員もいないので、とりあえず、私の力不足のために路頭に迷う他者がいないだけでも、まだ恵まれています。
「金にはならないわ、人気は出ないわ、売れないわ、挙句の果てには作品を貶されるわ、なにひとついいことないのに、なんで作家なんて続けるの?」という声が聞こえてきそうですが、まあ、理由はひとつ、「そこに妄想があるからよ!」。
私の中で渦巻いている妄想を、どうしても吐き出したい。くしゃみをするのを我慢していると気持ちが悪いように、妄想を自分の中だけにとどめていると、どうにもこうにも気持ちが悪いんです。

ということで、私の作品のほとんどは「妄想」という成分から出来上がっているわけですが、その中に、ほんのちょろっと、「実体験」というのを混ぜ込んでみたりもしています。
例えば、去年の「メフィスト夏の号」に載せていただいた、「カンタベリーテイルズ」という中編。
イギリスでたまたま出会った日本人四人が、カンタベリー大聖堂に行くまでの道中、とっておきの話を披露し会うというお話です。その「とっておきの話」は、どれも、私が見聞きした実話をモチーフにしているのですが、私自身が経験した実話も、盛り込んであります。

それは、前の日記(09/08/19にupの「押入れの中には……」)にも書いた、昭和44年とか、45年頃の話です。
当時の私は、幼稚園児。母子家庭かつ、母は夜の仕事に行っていたので、夜は私一人で留守番をしていました。
いつものように、出前のチャーハンを食べて、ごろごろ寝転がりながら、テレビを見ていました。
でも、テレビはあまりおもしろくなく、そういうときのお決まりで、押入れ探検を始めました。
そして見つけたのが、新聞です。押入れの台に敷いてあったやつなのか、束になっていたやつなのか、それともなにかを包んでいたものなのか、その辺は覚えていないのですが、とにかく、新聞を見つけたんです。
その新聞には、「嘆きのスカート」という見出しがありました。どうやら、飛行機の墜落事故の記事のようです。写真もありました。木が鬱蒼と茂るジャングルのような風景の中、乗客のひとりがはいていたであろう真っ赤なスカートが、木に絡まっている写真です。
その写真があまりに不気味で、私はおいおい泣いてしまいました。
で、記憶が飛んで、翌日だったか、はたまた翌月だったか、深夜、目を覚ますと、まだ母は帰っていません。つけっぱなしのテレビは砂の嵐。すると、ニュース速報が入ったんです。「飛行機墜落」。そして、ニュースに切り替わり、あの、真っ赤なスカートが木に絡まっている映像が。
…………。
それ以来、私はニュースそのものが怖くなり、それは数年経っても引きずり、小学校高学年ななるまで、ニュースを見ることができなくなりました。ニュースが始まると、すぐにチャンネルを変えていました。今でも、ニュース速報が入ると、鳥肌が立ちます。

が、ここまで読んで、不思議に思いませんか?
昭和44年〜45年当時の新聞は、すべて白黒。今のようにカラーページなんてありません。なのに、私は、「真っ赤なスカート」の写真を見たのです。
さらに、「嘆きのスカート」という見出し。幼稚園の私が、そんな難しい漢字、読めるはずもありません。「飛行機墜落事故」という内容も、到底読み取れるものではありません。
なのに、私は、「真っ赤なスカート」見て、記事そのものも理解していたのです。
さらに、深夜のニュース番組。あれは明らかに夢だと今では思うのですが、それにしても、妙にリアルだったんです。
というか、この当時、ニュース速報になるほどの大きな飛行機墜落事故って、調べても見当たらないんですよね……。
だとしたら、新聞そのものも夢だったのかもしれません。
小さい頃は、夢と現実の境が曖昧だといいますから。
しかし、この不思議な体験は、いまだに私の恐怖の元だったりします。鬱蒼と茂る山の中とか、そういう風景画像を見るだけで、落ち着かなくなり、呼吸が乱れます。
そして、夜というものが、酷く苦手になりました。
なので、未だに、暗くなると外出したくありません。
会社勤めをしているときは、残業になりそうになると、仕事を持ち帰っていたほどです。

とにかく、山、ジャングル、夜、ニュース速報。これが、私の恐怖ポイントなんです。


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◆またまた、やってしまいました◆
09/08/21up

曇っているし、風もあるし、ちょっと蒸し暑いけど、大丈夫よね? と、散歩がてらちょっと遠方のスーパーまでお買いものに行きました。

それまでは、なにもかも順調でした。でも、買い物を終えて帰る途中、なにかいやーな予感が。体中の力が抜けて軟体動物のような状態に。いわゆる千鳥足という歩き方になって、どう頑張ってもまっすぐ歩けない。しかも、ディスプレイが壊れていくように、徐々に視界にモヤがかかり、無数のフラッシュが点滅し、風景がモザイク模様になったかと思ったら、暗転。
倒れました(笑)。
しかし、意識はちゃんとあり、こんな道端で倒れていたら恥ずかしいと、這うようにマンションの日陰に入り座り込みました。
ぶっちゃけ、電車のつり革にも触れない潔癖症な私です、普段は、ベンチにも座りません。そんな私が、地べたに座りこむというのですから、かなりのものです。というか、1mmも体を動かせない状態。完全に電源が落ちた状態になりました。真っ白に燃えつきた矢吹ジョーをご想像ください。
そんな私の横をのんきに通り過ぎる選挙カー。「○●党の△×です!」という連呼。○●党の△×さんにだけは、絶対投票しないわ! と、かすかに残った理性で誓った私でした。
で、
30分ぐらいはその姿勢のまま固まっていた私ですが、もう本当に死にそうで、このまま動けるとも思えなかったので、救急車を呼ぼうと。生まれて初めての体験です、救急車なんて。
でも、呼びたくても、携帯にも手が届かない状態。まさに部分麻酔で体の自由を奪われた状態で、意識は辛うじてあるのに、体がまったく動かないもどかしさ。それでも、なんとか頑張って携帯を引っ張り出したのですが、ああいうときって、咄嗟に思い浮かばないものですね、「119」が。「114」を押してみたり、「177」を押してみたり。たぶん、相当、意識が朦朧としていたんだと思います。で、ようやく思い出した「119」。しかし、それを押す前に、「つか、ここはどこよ? 住所を聞かれたら、どうすれば」と。自宅の近所であることには間違いないのですが、それが具体的にどこかが分からない。完全に、頭、おかしくなっています。
そんなこんなで、携帯を握りしめたまま、またその場に固まった私です。哀れなレジ袋が、足元にからみつきます。せっかく買ったアイスクリーム、せっかく買った冷凍食品、どろどろです。ああ、こんな格好で、こんな道端で、私死ぬの? と思った瞬間、「ダメ、死ねない、こんなパンツでは!」と、いきなり、明瞭な意識が戻ってきました。
なにしろ、そのときはいていたパンツは、ちょっとゴムが緩んだ、三枚500円の安物、裾もちょっとほつれています。捨てよう捨てようと思いながら、あと1日あと1日、はいてきた、年季の入った代物です。こんなものをはいたままで死ぬわけにはいかないわ!

ということで、なんとか立ち上がり、命からがら自宅に戻ったしだいです。今の今まで横になっていましたが、どうやら、完治した模様。
しかし、今年の夏は、これで2回目だわ、パンツに救われたのは……。


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◆押入れの中には……◆09/08/19up

その昔、押入れで、不思議な物体を見つけたことがあります。
幼稚園に行くか行かないかの頃だから、たぶん、昭和45年とかそのあたり。
「うなぎの寝床」と揶揄されるような、長屋アパートに住んでおりました。あの時点で、築50年は経っているような古さと格式で、梅雨になると無数のナメクジが壁にペイズリー模様を描く、そんな六畳一間の古いアパート、私は母と二人で住んでおりました。
いわゆる母子家庭というやつで、当時の母子家庭の(手に職がない)母親の多くがそうしたように、私の母も水商売の世界に身を置き、夜な夜な髪を高く盛り、着飾って仕事にでかておりました。私はというと、六畳一間にひとり留守番、という環境でした。
母が奮発して買った家具調カラーテレビのおかげで、寂しいということはありませんでした。隣の住人の声や生活ノイズもよく聞こえてましたので、一人という感覚ではなかったんでしょうね。
母が仕事にでかけたあと、母が頼んでおいた中華屋のチャーハンが届き、それを食べながらテレビを見て、チャーハンのお皿もそのままにひたすらテレビを見続け、夜の10時頃にそのままごろりと横になる。そういう生活でした。テレビが楽しくてしかたなかったので、そんな生活がむしろ、誇らしくもありました。
ただ、時折、ものすごく退屈な瞬間がありました。どのチャンネルもニュースばかりやっているとか、野球ばかりとか、そんなときです。
そういうときは、押入れ探検がはじまります。柳行李の中から母の古い洋服やドレスを引っ張り出しては、ファッションショーをやっていました。
で、あるとき、いつものように押入れを探っていますと、変なものを見つけました。それは、見つかってはいけないものを隠すように、風呂敷に包まれていました。その隙間からのぞいてみますと、なにか、革のベルトのようなもが見えました。大小の革ベルトとバネの塊。大リーグボール養成ギプスのような。引っ張り出してよくよく観察してみたかったんですが、それをやってバレたら大変なことになりそうな予感がして、私はそれを、元あった場所に押しやりました。
あれは、なんだったんだろう……。気になりましたが、詮索してはいけないと好奇心を封印しました。
なにしろ、母は、怪しい男性と何人か付き合い、その中には明らかに極道の人もいたりしましたから、子供心にも危ない気配を感じることが多く、当時の子供の何倍も空気を読むのに長けていた私です。空気を読み過ぎて、それがいつしか妄想になってしまうわけですが。
……なにかのプレイの道具なのだろうか? それとも、なにかの武器? それとも、拷問用具? 
いずれにしても得体の知れない恐怖に取りつかれた私は、それ以来、押入れを開けることさえ怖くなり、襖に手をかけることすらしなくなりました。母の横顔を盗み見ては、母の恐ろしい側面を想像して、震えておりました。
成長してからも時折そのことを思い出し、しかし、なぜか母親には聞けず、記憶の隅で種火のようにくすぶっておりました。

さてさて、これは、つい数年前のことです。
近所で古書祭りというのがありまして。ふらりと行ってきました。昔の雑誌やマンガを手当たりしだい物色していますと、昭和40年頃に発売された芸能雑誌に、見覚えのあるものを見つけました。
なんと、あの、大小の革ベルトとバネの塊です!
それは広告ページでした。キャッチコピーは「身長がみるみる伸びる!」。
そのページには使用方法も紹介されていて、脚と柱にその器具を取り付け、力づくで脚を引っ張るという、なんとも微笑ましいほど原始的な方法でした。
思えば、母は通信販売が大好きで、昔からいろんなものを買っては、そのまま放置していました。金魚のように体をくねくねさせる器具とか、ぶらさがるやつとか。

まあ、恐怖の正体とは、そんなものです。

あ、恐怖といえば、その古いアパートに住んでいた頃、もうひとつ不思議なことがありました。その出来事は、いまだに未解決のままです。
それは、また、後日。


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◆地獄への道は……◆
09/08/01up

M党のマニフェスト、読みました。まあ、これは完全形ではないそうですが。
それにしても素晴らしいです! 本当に夢のような政策です!
これが、実現すれば、きっと日本は素晴らしい国になりますよ!
まるで、漫画誌の裏表紙に載っている、「これで私はこれだけ幸せになりました!」「これだけお金持ちになりました!」「なんと、彼ができました!」という体験談つきの、ナントカパワーストーンの宣伝のようです。素晴らしい!

ええ、私も、その昔、その体験談の素晴らしさに、つい、魔法のアクセサリーを買ってしまったことがあります。「好きな人に告白されました!」という体験談に魅せられて。
高校生だった当時の私には、好きな人がいました。通学時に、いつも一緒になる、他校の男子です。言葉を交わしたことはありません。ただ、遠くで見つめるだけの日々。
「ああ、なにか、きっかけがないかしら、せめて、お話ししたい」と思いつめる日々、藁にもすがる思いで、漫画誌に載っていた魔法のアクセサリーを購入したのでした。でも、厳密にいえば、アクセサリーは届きませんでした。案内に従って、お金も振り込んだのに……。
親にも内緒でしたから誰にも相談できず、悶々とする日々。今だったら業者に乗りこんで「おい、こら、金返せ」と怒鳴り込むんでしょうが、当時の私は今からは信じられないぐらい、内気な性格だったのです。
大人になって、そんな話を、職場の人にしたことがあります。「まったく、まんまと騙されたわよ」と憤る私に、「でも、届かなくて、正解だったんだよ」と、その同僚。
訊くと、その人も、カレシ欲しさに、その手のアクセサリーを購入したんだとか。で、その三日後に、めでたくカレシをゲット。が、そのカレシがとんでもないダメンズで、4股かけらたれ末、大金をとられたんだそうです。「あの男のせいで、家族まで巻き添えにしてしまった。家は借金のかたにとられ、一家離散、父は自殺し、母は精神を病み、私は風俗に落ちた」と。そして、「仮に、あのアクセサリーのおかげであの男と縁ができたとしたら、あれはとんでもない、悪魔のアクセサリーだ。そもそも、願いがかなうなんて、これほど怪しいものもない。その願がたとえその場限りのハッピーエンドを連れてきたとしても、その代償として、そのあとにとんでもないリスクも連れてくる。だから、あなたにアクセサリーが届かなかったのは、むしろ、ラッキーなことだったんだよ。でなければ、私のようになっていたよ」とも。
まるで、作り話のようなエピソードですが、そうです、これはすべて作り話です(笑)。

まあ、ちょっと喩えが低俗だったでしょうか。
しかし、仮に、「本物」の「魔法のアクセサリー」なんていうがあったら、それはとても危険なものです。「願い」なんていうのは、たいがい、欲望の裏返し。性欲、食欲、物欲、金欲、名誉欲、それらの派生でしかありません。願いがかなったとして、その先には、とんでもない代償が待っているものなのです。その代償を隠して、耳触りのいいことばかりいう人は、まず、信用しないこと。危険が隠されています。
それと同じぐらい、マスコミが煽るもの、褒めるものは、ちょっと危険だと思っています。
最近の例ですと、ホリエモンさんでしょうか。時代の寵児とまでいってみんなで持ち上げていたのに、その後は……。会社もそうです。マスコミが「この会社はすごい」と持ち上げるものは、たいがい、とんでもない結末を迎えます。
もっと遡れば、第二次世界大戦。あの戦争を引き起こした原因のひとつには、マスコミの煽りがありました。マスコミが世論を盛り上げて、アメリカとの戦争に躊躇していた政府を動かしたという一面があります。もちろんそれがすべてじゃありませんが、マスコミの煽りがかなりの影響力を持っていたのは動かしがたい事実です。
あの当時も、耳触りのいい言葉が新聞に踊っていたといいます。歴史をかじっている人ならば、それが、破滅の伏線であることに気づいていたでしょう。

そう、歴史を紐解けば、耳触りのいい理想や夢が、いつかは絶望と悪夢をつれてくることは、たやすく想像することができるのです。地獄への道は、善意と夢と理想で舗装されているんです。
でも、夢や理想が必要なときももちろんあります。人権を踏みにじられ、ひどい悪政に苦しめられている状況のときは、夢と理想がカンフル剤になります。まあ、それはれで、悪魔に利用されたら、さらに悲惨な状況になるんですが。

……で、今の日本って、そんなに酷いかな?と。こんな売れない貧乏なひとり者の中年女も、後ろ指さされずに人並みに生活できるこの日本は、まあまあいけているんじゃないかと、私なんかは思っています。もちろん、改善しなくちゃいけないことは多々ありますが、その人には改善でもある人には改悪であることもあるので、それは、慎重に進めなくてはならないと思っています。なにごとも、急いではいけません。ダイエットだって、短期間で体重を落とすとリバウンドして、さら悲惨なことになるんです。

いずれにしても、M党のマニフェストを見ると、日本に大革命が起きそうな勢いの項目がずらりと並んでいるので、平和主義の私は、ちょっと不安になったのでした。だって、革命には、……粛清(恐怖政治)がつきもんじゃないですか。フランス革命のときだって……ね。「ベルサイユのばら」のオスカルは革命が美化されているときに命を落としましたが、そのあとの地獄を見たらどうなっていただろうか、と、ベルばらファンの私は、今もときどき思います。


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◆ママ、本物のママに会いたいの!◆
09/07/27up

チケットをいただいたので、バレエのコンサートに行ってきました。

ああ、バレエ。私と同世代の女子ならば、その響きには特別なものがあるはず。学年雑誌や少女漫画雑誌には、必ず「バレエ」をテーマにした作品が連載されていたものです。「母探し」というオプション付きで。
私が読んでいたのは、学年雑誌に掲載されていた、「まりもの星」。※1
お父さんは外国にいったまま行方不明、元バレリーナのお母さんも失踪中でしかも記憶喪失、残されたのは、ヒロインなでしこちゃんと幼い妹れんげちゃん(ちなみに、お母さんの名前はききょう≠ウん)。なでしこちゃんは母を探しながら、険しいバレエの道を突き進みます。なでしこちゃんは、お母さんのような世界的なバレエリーナになれるんでしょうか?
……しかし、私がこれを読んでいたのは小学一年生でしたので、なでしこちゃんが果たして立派なバレリーナになったのか、そしてお母さんと再会できたのかは、まったく覚えていません。というか、ストーリーにはほとんど興味がなくて、ひたすら、バレエのコスチュームを追っていたのでした。付録に「着せ替えなでしこちゃん」なんていうのがあった日には狂喜乱舞、自分でバレエのコスチュームを追加で作ったりして、寝食忘れて没頭していました。
一方、テレビでは、「赤い靴」というバレエ根性ドラマが放送されていました。ヒロインは小田切美穂。母の形見の赤いトゥーシューズを胸に、母の友人が経営するバレエ団で、靴に画びょうを入れられたりコスチュームを破られたりしながら健気にバレエに打ち込むお話でした。これは実写でしたので、もう、それはそれは萌え萌えでした。瞬きも忘れて、夢中になってテレビを見ていたものです。もちろん、ストーリーにはあまり興味はなく、ひたすら、あのきらびやかなコスチュームとトゥーシューズに萌えまくっていました。ドラマが終わると、学校で使用する上靴を取り出して、つま先にティッシュを詰め込みトゥーシューズにしてみたり。

ああ、あたしもバレリーナになりたいわ! そして、あのひらひらピカピカのコスチュームを着るのよ!
私の迸る思いはもう抑えることはできません。私はあるとき、母にお願いしてみました。
「バレエを習わせて!」
はじめは一蹴されたのですが、泣いて騒いで家出までして、とうとう「分かった。分かった」と、母の承諾を得ることに成功しました。
そして、連れ行ってもらった、教室。そこは「お習字教室」でした。
え?なんで? と戸惑う私に、
「あれー、先週まではバレエ教室だったのに。おっかしーなー。でも、せっかくだから、お習字教室に通いなさい。そのうち、バレエ教室に戻るかも」
と、母は、つっこみどころ満載の嘘を言い放ったのでした。
もちろん納得がいかなかった私は、「なら、せめて、バレエのコンサートに連れて行って! 本物がみたいの!」と、次なる願いをぶつけてみました。
「でも、バレエって、思ったほどおもしろくないってよ、つまらないって、みんな寝ちゃうって」と、ネガティブキャンペーンを繰り出す母でしたが、私はまたしても、泣いて騒いで家出までして、とうとう「分かった。分かった」と、今度こそ、母の承諾を得ることに成功したのでした。
そして、数週間後、連れて行ってもらった公民館。それは「橋幸夫ワンマンショー」でした。
え? なんで? と戸惑う私に、
「あれー、先週まではバレエのコンサートやってたのに、おっかしーなー(以下略)」
と、平然と言い放つ母。
この人はどうしてここまで、私をバレエから遠ざけようとするのかしら。はっ。もしかして、この人は私の本当のママではなくて、本当のママは世界的なバレリーナで、でも、なにかの理由で本当のママと私は引き離されて、この偽ママに預けられたんじゃないかしら。そうよ、私と本当のママが出会うとまずいから、この偽ママは、私からバレエを遠ざけるのだわ!
……などと、妄想を繰り広げていた幼い日々。その手には、お習字の筆。
でも、まあ、今考えると、母のあの頑なまでの態度は、言うまでもなく、金銭的なことでしょう。バレエ関連は、お金がかかりますから。

で、私が、バレエの生コンサートをようやく見ることができたのは、もうかなりいい大人になってからでした。
経済成長期とか消費世代とか言われる景気のいい時代に育ちましたが、庶民にとっては、バレエは長らく高根の花だったのでございます。

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※1 小学館が発行している「小学○年生」シリーズには、おそろしいトラップが貼られています。
年齢詐称が一発でバレるというトラップです。
私が読んでいたのは「まりもの星」ですが、これは、1964年度生まれの人を対象にした漫画でした。つまり、1964年度生まれの人が小学一年生になり「小学一年生」を購入するのに合わせて、連載を開始していたのでした。同じように、1962年度生まれの人は「さよなら星」、1963年度生まれの人は「かあさん星」、1965年度生まれの人は「バレリーナの星」、1966年度生まれの人は「ママの星」というのを読んでいたはずです。
つまり、このバレエシリーズ、同学年の人しか共有できないひどく狭いブロック世界の中で展開されていたのでした。なので、同じバレエシリーズでも、学年が違うとまったく知らないという現象が起こります。私も、「さよなら星」とか「かあさん星」とか、調べるまで知りませんでした。
ちなみにバレエシリーズは小学三年生まで。低学年用のコンテンツだったんですね。
同じく低学年のコンテンツとして「ドラえもん」も連載されていたのですが、これは確か、共通の作品を各学年誌で共有していたはずなので、バレエシリーズほど明確な学年ブロックはありません。
……ということで、どのバレエシリーズを読んでいたかによって同時に年齢も明らかになるという恐ろしい仕組みなのです。
これを利用して、なにかミステリー小説が書けないかな……と模索中。年齢詐称していた犯人が、ぽっろっと口にした「まりもの星」という言葉。これをきっかけに、犯人の嘘まみれの人生が明らかになり……。みたいな(笑)
ちなみに、バレエシリーズを描いていたのは、「谷ゆきこ」という漫画家さんです。下敷きや筆箱などでもおなじみの人でした。私も下敷き、持っていました。絵柄を見れば、「あっ」と、思い当たる人も多いはず。


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◆マイケル・ジャクソン◆
09/07/23up

ネットをうろついていたら、検視官が描くマイケル・ジャクソンの死に顔という画像をうっかりクリックしてしまいました。
新聞にも大きく載りましたので、ご覧になった方も多いかと思います。
私のディスプレイにいきなり大写しになる、マイケルの死に顔。心の準備なしだったので、思わず、「ひぃっ」と悲鳴を上げてしまいました。
が、同時に、なんともいえない気分になり、何かがこみあげてきて、どういうわけか、涙が。

マイケル・ジャクソン世代である私ですが、特に思い入れもなく、ただただ、マスコミが報じるスキャンダラスな情報のみを鵜呑みにしてきたわけですが、連日の追悼特別番組を見ていいて、「ああ、この人、やっぱりすごいわ」と、改めて、その才能と功績に心をわしづかみにされています。
なんで、今まで、注目してこなかったんだろう、と、今更ながらに後悔。
流行しているものにはあえて視線を合わせない、という天の邪鬼な自身の性癖が恨めしい。

ところで、私はその昔、フィンガー5フリークでした。
それは、小学四年生の夏休み、最低最悪な危機に直面して毎日が苦痛の連続だったとき、出会ったのが、フィンガー5でした。あの歌声と踊りとコーラスに一瞬で心奪われた私は、人生で最初の危機を乗り越えることができたのでした。

さて、フィンガー5の元ネタになっているのが、そう、ジャクソン5。お小遣いではじめて買ったフィンガー5のアルバムは、ほとんどがジャクソン5のカバーで、「ペンのテーマ」などは、何度繰り返し聞いたことか。

フィンガー5の晃の歌う「ペンのテーマ」も素晴らしいものでしたが、マイケルの「ペンのテーマ」は、さすがとしかいいようがありません。
あの歌声に救われた人は数知れないでしょう。
歌っている当の少年マイケルは、暗黒の少年時代の真っただ中だったかもしれませんが。
フィンガー5も、栄光と成功の陰で多くのものを失ったと、後に聞きました。彼らのその後も、決して順風満帆なものではありません。
が、彼らの歌声が、当時の少年少女たちに与えた影響は不滅です。

そして、うっかりクリックしてしまった、マイケルの死に顔。
多くのものを人々に与えた陰で、その代償があまりに大きかったことを思わずにはいられません。今も、涙が止まりません。


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◆友愛◆
09/07/19up

昨日、スーパーでレジ待ちしていたとき。小学生らしき児童の話声が聞こえてきました。
「おまえー、裏切ったら、友愛すっからなー」
「え、まじ、それは勘弁! 友愛だけは勘弁!」
え? なに? どういうこと?
話をよくよく聞いてみると、どうも、その昔、某宗教団体が使用していた「ポアする」と同じ意味合いで「友愛」という言葉が使用されていました。
「ポアする」。流行りましたよね。
私も、会社員の頃、無意識に使ってました。
「P社のあの担当、あったまくるぅっ。ポアしてやるぅぅ」とか
「あ、まずい。ミスった。ばれたらポアされる。隠ぺいしなくちゃ」とか(笑)
他にも、「するぞ、するぞ、修行するぞー」というのをアレンジして、「するぞ、するぞ、仕事するぞー」とか。不謹慎とはおもいつつ、使わずにはいられませんでした。同僚なんかは、取引先の会社なんかを「第一サティアン、第二サティアン」なんて呼んでいたし。

ポアも、修行するぞーも、サティアンも、それを真っ先に使用していたのは小学生でした。小学生は、いつの時代も、流行の先端だといえるでしょう。 それにしても、友愛。どうして、この言葉が、小学生の間でこんなふうに使用されているのか? なかなか興味深い事象です。


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◆めまぐるしい一日◆
09/07/17up

会社員の頃、マンションを購入しました。
当時、女の一人暮らしは歳をとるとなかなかアパートが決まらない、という都市伝説がありまして、危機感をあおられた私は、「住む場所を今のうちに確保しておかないと」と、それまで漠然と貯めていた預金をはたいてそれを頭金にし、小さなマンションを購入したのでした。頭金を結構入れたので、月々のローン返済は賃貸のときとどっこいどっこい。長期固定を選びましたので、大きな変動もありません。よしよし、これで「住」に関しては安泰だわ。
しかし、盲点もありました。下手に固定資産を持っていると、税金関係がバカにならないのです。去年の収入なんて生活保護で支給される額より少なかったというのに、国民健康保険税と市民税と固定資産税がえらいことに。とてもじゃありませんが、まともに払っていたら、生活費がなくなります。いっそのこと、病気を理由に生活保護を受けちゃおうかしら?という悪魔のささやきが聞こえたのですが、いやいや、それは、本当に最後の命綱、まだギブアップをしちゃいけない、ネバーギブアップ! 頑張れ自分、まだ、やれる!
ということで、先々週あたりから、あれこれとバイトを探しています。
いやはや、しかし、この求職活動、なかなかお金がかかります。履歴書、証明写真、面接に行くまでの交通費。これだけで、一週間分の食費が消えました。
その一方、なんと、マンションの管理組合の理事長になってしまい、とほほな私です。超貧乏な私が「理事長」だなんて、あまりにあまりなギャップだわ! これはどんな皮肉なのかしら? しかも、何千万と積まれた通帳を管理しなくちゃいけないのよ! こんな貧乏人に、そんなものを任せていいのかしら? などと言いながら、今日は、管理会社の担当さんと、銀行を廻りをしました。理事長が変わったので、名義変更です。複数の銀行に口座がありますので、なかなか面倒な一日でした。
窓口で通帳を見るたびに、そのゼロの多さに、ごくりと唾を呑み込んだ私です。きっと、この瞬間に魔がさして、横領なんていうのを考える人もいるんだろうな……と(うちのマンションの場合は通帳と印鑑は別々に管理していますので、横領は起こらないのですが)。
私が、もし、にっちもさっちもブルドック状態だったとしたら。
たとえば、私が世帯持ちで子供なんかも二人いて、子供の学費やなにやらでヤバいところから借金をしていて、しかもマンションのローンを「ゆとり」と選択してしまったおかけで来月からローン返済が二倍になって、さらに夫はリストラされて、そんなこんなで闇金の支払が今日で、今日支払わないとソープに沈めるぞ、と脅されていたら。……そんな状態だったら、ここで管理会社の担当だまくらかして通帳と印鑑をまんまと懐に入れて、「今だけよ、今だけ、ちょっと貸して。必ず、穴埋めするから!」などといいながら公金に手をつけ、その穴埋めのために、新たな犯罪に手を染め…………、などと、まるで松本清張の小説にでてくるようなシーンを妄想していた私でした。
でも、幸い、私は一人暮らしで借金もなく、ローンも「ゆとり」を選択してませんので返済額も変わることなく、とにかく私一人食べていければどうにかなりますんで、松本清張アワーな妄想も、すぐに泡と消えました。

で、帰宅すると、先日、面接に行ったところから、アルバイト採用の電話がありました。
が、「やったー」と心から喜べないのが本音でして。
いや、その職場、ちょっと……いえ、かなりマニアックな業界で、おおざっぱにいえば、芸術・芸能関係なのですが、とてもじゃありませんが私は門外漢、なので、採用されるとも思ってなかったので、とても複雑な心境です。
私に、勤まるんでしょうか?
いや、でも、ようやくもらった、採用通知。それに、税金も払わなくてはいけませんので、とりあえず、頑張ってみます。
それに、小説のいいネタになるかもしれないし。
……でも、やっぱり、心配。私の病気が悪化しないことを祈りつつ。


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◆因果応報◆
09/07/14up

因果応報。この言葉を聞いて、まずイメージするのが、「悪いことをすれば、必ず、自分の身に返ってくる」という意味でしょうか。
しかし、「因果」といのうは、文字通り「原因と結果」でありまして、どんな事象にも必ず原因があり、原因があるところには必ず結果がついてくる、という意味ですので、悪い原因が必ず悪い結果になるとも限らないのです。逆に、善い行いが、善い結果になるとも限りません。しかし、これを小説で実践すると、結構面倒なことになります。善人が報われず、悪人が栄える、そういうものを書くのは、なかなか勇気がいるものでして。
やはり、善人が報われて悪人が滅びるという因果応報でラストはしめるのが王道です。

それは、小学校四年生のときでした。
図工の実習で、「飛び出す絵本を作る」という課題がありました。
物語を自分で作って、それにそって飛び出す絵本を作るという、なかなかハードな課題です。
で、私が作った物語はというと、その名も「人魚の笛」。アンデルセンの「人魚姫」を少々パクりました。
あらすじをものすごく簡単に説明すると、
……貧しい笛吹きの青年に恋をした人魚姫、しかし青年は笛を海に落としてしまい嘆き悲しみます。それを見ていた人魚姫、一族に代々伝わる家宝の「魔法の笛」をこっそり持ち出し、それを青年に与えます。その行為が魔王の逆鱗に触れ、人魚姫は生きながらに腐って死んでしまいます。一方、魔法の笛を与えられた青年は、魔法の力で望みのものを次々と手に入れ、大金持ちになります。そして、世界中の美女に囲まれて高笑いする青年。おわり。
我ながら、なかなかのデキだと思いました。
が、先生からダメ出しがありました。
「これでは、人魚姫があまりにかわいそう。青年は、罰を受けなくては」
「え、でも。青年は特に悪いことをしたわけではありません」
「でも、人魚姫は、腐って死んだじゃない」
「それは、人魚姫が家宝の魔法の笛を盗んだからで、自業自得で死んだんです。青年には関係ありません」
「それでも、魔法の笛を悪用した青年は悪い人だ」
「えっ。……悪い人なんですか?」
「そうです」
「でも、魔法を手に入れたら、お金とか宝石とか名誉とか、そういうのが欲しくなるのが人間じゃないですか」
「ダメです、ダメです、そういうことはダメなんです」
「じゃ、どうすれば……」
「青年には、蛙になってもらいましょう」
「えっ」
「昔話では、悪い人は、たいがい、蛙になるもんです」
「いや、蛙になるのは、なんの罪もない王子だったりします」
「罪のない王子は、ちゃんと王子に戻るからいいんです。でも、この青年は、絶対人間には戻らない終身蛙にしましょう」
「えっ」
「人魚姫のお父さんが、娘の復讐をするために、青年を蛙にするんです」
「それは、逆恨みってやつではないでしょうか」
「違います、因果応報です!」
以上の会話は、もちろん、脚色してあります。
所詮は小学校四年生、なにか違うな……と思いながらも、先生の意見は丸飲みするものです。
「はい、分かりました。青年は蛙にします」
と、私はあっさり折れ、人魚姫のお父さんの魔法により醜い蛙にされた青年のアップ、という1ページを付け加えたのでした。
おかげで、絵本の点数は満点。
でも、なにかもやもやした後味の悪さを感じたことを、今でもよく覚えています。


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◆今昔アルバイト考◆
09/07/13up

自他とも認める売れない作家である私は、いうまでもなく、執筆一本では暮らしていけません。なので、年に何回かは出稼ぎに出るのですが、著しく胃を患ってしまった去年あたりからはフルタイムが難しくなり、できれば、地元で、空いている時間に仕事ができないものかと、先週あたりからアルバイト情報サイトやハローワークをのぞいています。
不思議と、アルバイト情報を見ていると、なにか初々しい気分になるものです。
「アットホームな職場です!」とか、「この夏、リゾート地でがっつり稼ごうよう!」とか、「未経験でも大丈夫! 誰にでもできる簡単な仕事だよ!」とか、なにやらバラ色のキャッチコピーが並んでいて、わくわくしてしまいます。
これらは、私がバイト三昧だった学生時代とほとんど変わりません。学生時代は、そのキャッチコピーに釣られてほいほい応募していたものですが、さすがに今では、一呼吸置いて、あれこれとつつこみを入れています。

まずは、「アットホーム的」。この場合、職場の人間関係が密接で、相性が合わなかったら地獄を味わいます。
「リゾート地」。この場合、かなりの確率で、地方のリゾート地に飛ばされて、住み込みで働くことになります。逃げられません。さらに、「がっつり稼ぐ」。これは、相当ハードな仕事が待っていることを暗示しています。※1
「未経験でも大丈夫!」。といいながら、実際に面接に行くと、多くは実務経験のある人が採用されます。また、この「未経験」という言葉が当てはまるのは、若年層のみ。私みたいな中年女が「未経験です!」などと面接に行ったら、間違いなく、落されます。それでも採用されることがままあるのですが、このときは要注意。「研修期間」というのが設けられます。その研修期間中は、日給千円だったりします。七時間働いて、千円。しかも、その研修期間がいつ終わるのか分からないまま、半年も日給千円で働かされた例を、私は知っています。ノルマ制の場合もあります。営業ノルマに達しないうちは、まったくギャラがでないという例は、実は私自身が経験しました。※2 
中には、教材やその仕事に使う道具を買わせたり、登録料を払わせたりする詐欺商法もありますので、甘い言葉にはご用心。※3
無論、軽作業や選挙などのイベント関連で大量に弾が必要な場合は、「年長者の未経験者」も採用されることはありますが、超短期である場合が多く、安定した収入とはなりません。
さらに、「誰にでもできる簡単な仕事だよ!」と高らかに謳っている場合は、時給が低いです。まあまあな時給が提示されていても、勤務時間が短かったり、交通費が込みだったりして、結局は、あまり稼げません。

あと、アルバイト情報をぼんやり見ていると、ある法則に気が付きます。
広告界には、「突然、派手な広告を立て続けに打ちだした会社はヤバい」という法則があるようですが、アルバイト業界にもその法則はあるようです。
一ヵ月ほど情報誌なサイトを眺めていると、「あれ? この会社、やばいかも」というのが分かってきます。頻繁に募集をかけている会社は、なにかあると思ってください。
そのときは勢いがある会社(業種)でも、半年後に、なにかあります。

それにしても、なんですね。アルバイトの件数、びっくりするほど、減っていますね。
時給も、私が学生だった頃とあまり変わっていないのも、驚きです。

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※1  それは学生の頃、夏休み前。アルバイト情報誌でみつけた、「遊びながら儲けよう!リゾートホテルの夏」というようなキャッチコピーにのせられた、私と友人のMちゃん。中野サンプラザに面接に行きました(中野サンプラザとそのリゾートホテルは関係ありません。ただ、面接場所に中野サンプラザの会議室を借りただけでしょう)。
その面接で、氏名、年齢のほかにスリーサイズを聞かれた私たち。私たちの体を隅々まで眺める面接官。
「ヤバイよ…、やめようよ…」というMちゃんの言葉に従い、私たちはそのバイトを辞退したのでした。あとで聞いた話だと、リゾート地のコンパニオンのお仕事でした。集団で地方に連れていかれ、狭い寮に押し込まれ、ぴっちぴちのコスチュームを着せられ、おっさんたちにお酌したりするお仕事だったみたいです。

※2  とにかくお金が欲しかった苦学生の私は、「やりがいのある教育ビジネス。1ヶ月30万円も夢じゃない」というようなキャッチにのせられ、面接に。そこはフツーのアパートの一室でした。が、妙に熱気あふれる場所でした。壁一面に「●●●くん、40万円達成!」みたいな垂れ幕が貼られ、店長をはじめそこにいらっしゃる方々の底抜けな明るさにも熱いものを感じました。
「こんにちはー! 僕と一緒に、頑張ろうねー!」というような店長の一声から仕事の説明がはじまりました。で、仕事の内容を要約すると、「名簿に書かれた小学生を持つお宅に突然訪問し、用意してきたテストを小学生と一緒に解き、スキを見て教材を売りつける」というものでした。何か変だなとどこかで思いながらも、店長さんの話を聞いてると、だんだん自分が正義の味方のように思えてきて、にわかに使命感までもがわいてきたのでした。
翌日、私は「よーし、やるわよっ」と意気揚揚と名簿と地図を持って出かけました。結局、その日は20件ぐらい回り、その内3分の2ぐらいの家に上がることができ、中にはおやつまで出してくれた家まであって、割と順調に事は進みました。でも、契約はそう簡単にはとれず。もちろん、その日のギャラはなし。だって、契約とれてませんから。でも、私、頑張りました。でも、どんなに頑張っても、一銭にもならず。そして、一週間後、「私にはセールスセンスがない」とようやく気がついた私は、そのバイトを辞めることにしました。その決心を店長に伝えると、「あなたは、人生の負け犬になりたいの? 一度はじめたことは最後までやりとげなくちゃ。ね、頑張ろうよ!」と優しく諭されました。が、私は負け犬の人生を歩む決意をしたのでした。

※3  私が学生だった頃。宛名書きのバイトというのもありました。新聞とかに頻繁に出ていたアルバイトです。「自宅でできる」「高収入」「誰にでもできる」というのが売り文句でした。
でも、あれって、保証金が必要だったんですよ。それを知らずに、私は応募してしまったんです。そしたら、保証金を払えと。私はその保証金を用意することができなかったので、辞退の電話を入れました。すると、「ここで辞退すると契約違反ということで、この業界では働けなくなる」と脅されました。この業界ってどこの業界? それに、契約って…、いつしたかしら? でもそのとき私は、「まっとうな暮らしができなくなる」と、プルプルおびえてしまいました。それだけ、その脅しには迫力があったのです。でも、私にはどうしたってお金がなかったので、そのまま電話を切ってしまいました。当分は不安で仕方ありませんでしたが、とりあえず、「この業界」から締め出されたからといって、フツーの生活には困りませんでした。


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◆腐乱死体になるその前に。◆
09/07/11up

エアコンが壊れて、早4年。今年も、冷房なしの夏がやってきました。
慣れとは偉大なもので、あんなに暑がりだった私も、32度ぐらいまでなら扇風機もいらない体になりました。
「私はみごと、暑さを征服したわ」などといい気になっていたのですが、その油断がいけませんでした。
先日、熱中症≠ニいうものになってしまいました。それは、お風呂上がり。
いいえ、お風呂に入っているときから、何かがおかしかった。とにかく、思考が定まらず、視界もぐらぐら。いつもの貧血かと思っていたのですが、お風呂のドアを開けたとたん、意識が鼻から抜け、そのまま失神してしまいました。
「あ、死ぬな」と。そして、しばしの暗転。
気がつくと、私は天井近くにいて、ブザマな自身の姿を見下ろしていました。素っ裸で大の字でぶっ倒れている間抜けな中年女。
「あら、いやだ、みっともない。せめて下着をつけないと」そう思った瞬間、意識がすぅぅと体に吸い込まれ、私は、目を覚ましたのでした。そのあと、下着だけをつけて、再び暗転。
「あ、でも、このまま死んだら、この季節、腐乱死体になって、ご近所に迷惑だわ」と、もう一度目覚めた私は、匍匐前進で冷蔵庫まで行き、冷たい麦茶を一気飲み、そのあと胃の中のものを全部吐き出すと、パンツ1枚でフローリング床に倒れこんだのでした。
幸い、翌朝、(ゲロまみれではありましたが)いつものように目覚めたわけですが、1歩間違っていたら、間違いなく死んでいたな……と。ここで、はじめて、一人暮らしの恐ろしさを実感したのでした。
今、私が死んだら、発見されるまでにかなりの時間を要するのは明らかです。たぶん、腐敗臭がしてご近所さんが騒ぎ出し、それでようやく発見されると思うんです。
それではあまりに申し訳ないので、せめて、腐乱死体になる前に発見されてほしいと思い、生存確認用に、日記もどきを復活させようと思います。
私の知人・友人もここをのぞきに来ていると思います。
なので、もし、なんの予告もなしに、一ヵ月以上、更新がないときは、私の生存を確認してください。
いや、まじで、切実なお願いです。
そして、もし、私が死んでいたら、とりあえずは、母に連絡してください。
母には、「ちょっとした生命保険には入っているから、それで葬式を出してくれ。遺産はない」と伝えてください。よろしくお願いします。

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