21 頭数と胴数が合わないグループの絵

「竹の中には一定面積内で茂れるだけ茂ると、ある年、一斉に花を咲かせ、その後は一本残らず枯れてしまうものが有ります」
「ええ、自分の種族だけでその一帯を征服してしまう程の繁殖力を持っていながら、ある時、アッと言う間に全部が枯れ果ててしまう植物は他にもあるようです」
「似たようなことは動物の世界にだってありますよね、ほら、レミングというのがいるでしょう。ちょっとネズミに似た…。あれなんかも一族がどんどん増えて物凄い大世帯になると、ある日突然、全員が海に飛び込んで死んでしまう―。あのう、何ですね、地球に生まれた生物の歴史を考えると、そういう例は数々あって、結局、一族が繁栄し過ぎてしまった物は、何時か必ず全滅…に近い形で消え去り、他に世紀の主役を譲らされております。三葉虫やアンモナイト、それに恐竜だってそうでしたね」比較的和やかなたりとりを交していた両国代表達でしたが、話が動物の事に移って来た辺りから急に緊張度を高めて来たようです。動物の次はいよいよ人間がテーマになるのは当然だし、そうして、それが今回の話し合いの本題だったからです。
「まことにお恥ずかしい話ですが、御存知のように、わたし共の国には“おじおば捨て”という風習が数年前迄有りました。いえ、こんな物はもう二百年も前に国が禁止しておったのです。ところが止むに止まれぬ事情があって、政府自らが秘かに復活させたのです。医療技術の高度化や、諸々の社会福祉制度の完備によって人間の寿命がやたら延び、赤ん坊は然程生まれもしないのに人口はどんどん増え続けました。やがて食料や燃料を中心とした生活必需品の不足が国中を被い、政治的にはもうどうにも手に負える段階ではなくなってしまいました。
結局、政府は、どうにでもなるようになれっ…て事で、その始末を国民任せの放ったらかしにして傍観するという政策をとったのです。国の無策ぶりを罵倒する声も最初のうちは激しかったのですが、しかし、そんな事より何としても、ともあれ…量の決まった僅かな物質だけでどう生き延びるかの方が先決問題でして、政策だ、方針だ、どうだこうだなんかに目を向けている国民はひとりもいなくなってしまったのです。結果的に政府は、一時矢面から逃れるうまい手を打ったことになる訳ですが…あのう、そこで、そのように逼迫した中でのやりくりは、どの家庭でもやはり、まあ、食べるものは兎に角子供には先に与えなければなりません。そしてその次は家族全体の経済維持から統括に至る迄、総ての中心を担う若い年代が取って体力を保たねばならず…すると、もうその後、食卓には何も残っちゃいなくて老人達の食べる物は何も無く…その為、…うちの…うちの…じいちゃんや…ばあちゃん…は…もう…おおっーっ」
話の途中から突然私的な事情をごちゃ交ぜにして話し始めた年輩の代表は、何か自宅で起った出来事でも思い出したのか、わあわあ大声で泣き出してしまいました。そこで、二、三才若い代表が慌てて後を続けました。
「…もともと私共の国の人間は、国民性と申しましょうか、大変遠慮深くて、ひかえめで犠牲的な心を持っておりましてね、特に、お年寄り達はその精神構造の骨組みがしっかりしていますので…お恥ずかしい話ですが、お年寄り達が口減らしの為に自ら“おじおば捨て山”へ行ってしまうのを若い者は見て見ぬふりしてると言う事です。政府はその山に無料の自動葬儀機を取り付け、この山での自主的な死に対しては総て“殉国”(国の為の死)扱いとし、その遺族には何日分かの食料を与える事にしました。政府がそれに平行して続けたPR“快適な死出の旅”キャンペーンなども相乗効果を顕わし、この口減らし傾向は徐々に年代が若い方にまで下って行きました。そうするとまあ、停年間近のサラリーマンで、うだつが上がらず、厭世気味の自殺志願者までがこれに便乗して、僅かばかりの褒賞食糧目当てと流行先取りのカッコ良さで旅立ちをしたりしましたので、国は間もなく食糧問題も資源枯渇の心配も解消することができました。―と、ところが…そ、その…そのぉ…」
どうした訳かその代表もそこまで話すと急に無念の表情を物凄く表し、目をむき、わなわなと震え出してしまったのです。それは自国がやらかしたとんでもない間違いを今更ながら悔やみ悲しんでいるかのようでもありました。そこで仕方なく、更に若い代表によって話しが続けられることになりました。
「…そいで、当面の問題は解決したことはしたのですが、無理な口減らし政策の余波は、そのまま暫くの間、国民の間でもてはやされ大流行となりました。で、やはりそれは国民のバランスを無茶苦茶に狂わせてしまっていたんですね…、まあ、ここにいる私達をご覧になってすぐお気付きになったとは思いますが…あまり無理な口減らしで、今度は口の数が減少し過ぎとなってしまったのです。数年後の国勢調査の折には、なんと我が国民は人口六に対し、四の口しか持たない不具になってしまっていたのです…でありますので…今私共の国では四つの口で六人分の体を養うという不自然な生活を強いられているんです」
ここで若い代表も思わず泣き出しそうになりましたが、ぐっとこらえ気を取り直して話しを続けました。
「そこで…お年寄りをずっと大切にし続け、医療、福祉ともに完璧で、だから百歳過ぎるまでに亡くなる人が殆どなくて、頭数ばかり増え続け、その結果、私共の国とは逆の、口の六に対して胴が四の割合になってしまい、行き詰まっておられると聞く貴国と国際的攪拌をすれば、両国とも一挙に平常を取り戻すものと考えるのですが…貴国の民意を調整しては頂けないものでしょうか」…
これは二十一世紀以後に起る話で、まだそれまでには幾らか間があり、会談結果だってどうなるかは判りません。しかし、わたしは人間を“量”で扱ったり、頭と胴を切り離して発想したりすることが平気な人間が増えている傾向にはとても心配致しております。