No.36
ジャケットマッチ列伝 1



↑アド・サンテル(右)とヘンリー・ウエーバー(「ザ・格闘技」小島貞二 昭和51年朝日ソノラマより)

この間の「ダイナマイト」はみんな見ましたか。
あの大会で吉田対ホイスがジャケットマッチで行われたっていうのは歴史的意義がある、ってことは
みんな専門誌とかで学習していますよね。
02年8月28日、東京国立競技場で行われた吉田秀彦対ホイス・グレイシーの一戦は約50年前、
ブラジルのマラカナンスタジアムで行われた木村政彦対、ホイスの実父であるエリオ・グレイシーの試合以来の
日本柔道対ブラジリアン柔術の決戦となったわけだ。
両試合ともサッカー場で行われたということが、マッチメークをした側からしても
柔道と柔術の因縁を意識しているということがうかがえる。
これを機会に知る限りプロのリングで行われたジャケットマッチの経緯を書いてみようと思う(主にプロレスのリングだけど)。
柔道、柔術だけでなくサンボ着で行われた試合もあるのでそれも加えて書いてみる。

古くは大正年間、靖国神社相撲場で
アド・サンテル対庄司彦雄に代表される
アメリカ人レスラー対日本人柔道家の4試合が行われている。
20年以上前に東京スポーツから発売されていた桜井康雄さんの単行本で読んだ。
またこの出来事は昭和52〜53年ごろ(猪木対ルスカ戦の少し後)週刊少年ジャンプ誌上で漫画化され短期連載されている。

その後ということになると戦後国内で力道山がプロレスを普及させる以前、プロ柔道が旗揚げされている。
詳細は不明。力道山も対戦した山口利夫らが参加したらしい。

そして73年後半、ジャイアント馬場の全日本プロレスが獲得した
東京五輪柔道無差別級金メダリスト、オランダのアントン・ヘーシンクが日本マットにデビューする。

★1921(大正10)年3月5日 東京九段・靖国神社相撲場特設リング
▽25分3ラウンド3本勝負
△増田宗太郎(二段)(1-1)ヘンリー・ウェーバー△
1・増田(逆十字固め、1:06)
2・ウェーバー(裸締め、2:25)
3・時間切れ

▽同
▲永田礼次郎(三段)(1-1)アド・サンテル▲
1・時間切れ
2・永田(反則、タイム不明)
*サンテルのヘッドロックによる。
3・サンテル(試合放棄)

同3月6日
▽同
○清水一(三段)(2-0)ウェーバー●
1・清水(送り襟絞め、5:03)
2・清水(逆十字固め、13:10)

▽同
△庄司彦男(三段)(0-0)サンテル△
1・時間切れ                  
2・時間切れ
3・時間切れ

追記:ここで言う「ジャケットマッチ」は対戦する両者ともが柔道着或いはサンボ着を着用して対戦した試合を指す。
(2004.0828)

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