No.37
ジャケットマッチ列伝 2

オリンピック柔道の金メダリストのヘーシンクは馬場と組んで
B・サンマルチノ、C・ハリケーンと対戦したデビュー戦(73年11月)こそ注目されたが、
裸足で下半身だけ柔道着の下履きを着けたスタイルで両腕をまっすぐ上げて
「サアコイ!」とやる柔道を脱却できないスタイルでは所詮外国人レスラーとかみ合うはずもなく次第に低迷してゆく。
おそらくヘーシンクを生かすマッチメークが全日本首脳部の間で考えられたのだろう。
しかし当時は格闘技戦という概念はなく、馬場とヘーシンクが対戦するということはなかった。

そこで行われたのがヘーシンク対外国人レスラーの柔道ジャケットマッチだった。
第1戦の相手はWWWFの巨漢、ゴリラ・モンスーン。
アマレスの下地がある強豪。
当時の専門誌の記述ではモンスーンがヘーシンクに柔道着を見せて挑発したようなことが書いてあった記憶があるが、
やはり全日本サイドが考えたギミックではなかったか。

蛇足2点。
先に「馬場対ヘーシンク」という記述をしたが
古い専門誌(註:別冊ゴング昭和48年11月号)によると日本プロレス時代に大晦日の紅白歌合戦の対抗番組として
日本テレビが「馬場対ヘーシンク」の特別試合を企画したことがあったらしい。
ヘーシンクがプロレス転向を表明する以前である。もちろん実現はしなかった。
BABAブンバイエは早すぎたか。

G・モンスーンと聞いてピーンと来た方もいるだろう。
一昨日から今日にかけての東スポの読み物「馬場と猪木」は
物語進行時点1976年、猪木−アリ戦の話題たけなわ。
プロレスのリングに乱入したアリとモンスーンの遭遇が描かれている。

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