No.205
新日本東京ドーム初進出 ソ連戦士、衝撃のペレストロイカ 新日本プロレス「'89格闘衛星★闘強導夢」
1989(平成元)年4月24日 東京ドーム
新日本プロレス「'89格闘衛星★闘強導夢」
同行者=千里眼(他何人か)
国内プロレス史上初の屋内野球場での興行。
グレート・アントニオの怪物人気が打ち立てた昭和36年5月9日の日本プロレス・奈良市あやめヶ池公園大会の
観客動員数3万5000人(註1)を28年ぶりに破る5万3800人を集めた、当時の国内プロレス興行の新記録を樹立した大会。
大会はペレストロイカによるソ連選手の日本デビューを受けた日米ソ三カ国の対抗戦が中心のマッチメークとなった。
第3試合から観戦。
藤波はビッグマッチでは80年4月の阿修羅原戦以来の使用となる?秘密兵器三角締めでソ連戦士を撃破。
ローキック連打から鮮やかにつないだ。
ザンギエフ対ソイヤーは両者豪快なスープレックスの応酬、
ソイヤーがジャーマンを決めてガッツポーズ、しかしカウント2?だったのか試合は続行され
すかさず反撃のジャーマンを決めたザンギエフが逆転勝ち。
USAチームのセコンドのブラッド・レイガンスがリングに上がって勝利したザンギエフとにらみ合い。
無精髭をたくわえて登場した橋本は重爆キックで長州を攻め込む、が長州もブレンバスター、ラリアットで逆襲、
短期決戦の様相だ。
長州がサソリ固めに入ろうとしたとき、橋本が足を長州の首に引っ掛けて回転、変形のエビ固めでカウント3。
本命サイドの長州が1回戦で脱落の波乱。
ユキーデを生で見るのは昭和52年の武道館以来。このドーム登場は3年ぶりのカムバック戦だとのこと。
資料によるとこの試合の後の6月23日に日本武道館で藤原敏男とのエキジビジョンが予定されていたそうだが、
実現されたかは確認されていない。筆者(切鮫)は実現したという報道を全く見ていないので結局実現しなかったのではないか。
トーナメント準決勝第1試合はIWGP王座をわざわざ返上してこのトーナメントの優勝にかけた前王者・藤波が巨漢ベイダーの肉弾殺法にフォール負け。
藤波が仕掛けたローリング・クラッチをこらえてヒップドロップで押し潰し、最後はジャンピング・ボディプレスでベイダーが勝利。
準決勝第2試合はキックを多用する若手の橋本と、スープレックス主体のアマレス的攻撃のソ連戦士・ザンギエフの興味ある対戦。
ザンギエフ、大型の橋本に難なくフロント・スープレックスを決める、それからグランドでコントロール、橋本手が出ない。
スタンドに戻った橋本、ザンギエフに向かってつばを吹きかける。褒められた行為ではないがみるみるうちにザンギエフの表情に怒りの色が見えてくる。
ザンギエフ距離を詰めて組み、再びフロント・スープレックス。
起き上がった橋本にさらにぶら下がり一本背負いを掛けようとして背中を見せたその一瞬、橋本がザンギエフの後頭部にヘッドバット!
崩れ落ちるように倒れるザンギエフ、橋本、ザンギエフが立ち上がったところをニールキック、ザンギエフダウン。
そこに橋本が何と足4の字固め、プロレス技のディフェンスをおそらく知らないであろうザンギエフは驚いた表情で我慢するが結局ギブアップ。
相手を怒らせて作った隙をうまくついた橋本の勝利。
マサ斉藤、かつてオリンピック・レスラーだった彼はソ連戦士迎撃の重要な戦力である。
ロープワークの知識がない?ソ連戦士に対して斉藤は相手をロープに押して、その反動で戻ってきたところをラリアット、説得力のある攻撃だ。
さらに斉藤はヘッドバットでエブロエフを攻め込むが、エブロエフが一瞬飛び上がると空中で飛びつき逆十字を決める秘技。
ソ連戦士エブロエフがマサ斉藤にギブアップ勝ち。
エブロエフはコスチュームこそアマレスの吊りパンだが、サンボでも習得しているのだろうか。
そんな印象を持った大技一発だった。
トーナメント決勝戦、ショルダー式アーム・ブリーカー、キックで善戦する橋本だが、
ベイダーのドロップキック、さらにラリアット連打でフォール負け。
王座はベイダーのものとなった。
しかしベイダーは1回戦蝶野、準決勝藤波、そして決勝が橋本と全て日本人選手との対戦となり、注目のソ連戦士との対戦は後日に持ち越された。
決勝戦のレフェリーは鉄人ルー・テーズ。東京ドームの前身の後楽園球場で力道山と対戦の経験のある、いわば日本の球場プロレスのパイオニア。
セミはショーマンプロレスの権化とも言うべき、入墨だらけの頭部と炎をイメージしたコスチュームのビガロと
背中に鎌とハンマーのソ連国旗のマークを入れたアマレスの吊りパンスタイルで、ピュアなアマチュアのイメージのサルマン・ハシミコフ。
開始直前、ビガロに握手を求めるハシミコフ。目を合わせず満員の客席の方に顔を向けているビガロを不思議そうに見つめる。
が、次の瞬間巨獣が宙を舞った、ビガロが奇襲のドロップキック。吹っ飛ぶハシミコフ、ここでゴング。
ハシミコフの低いタックルに、背中へのパンチで応戦するビガロ、
ハシミコフがようやく足を取ったと思ったら、ビガロが再び飛んだ!
ハシミコフの頭部に「延髄斬り」!ダウンするハシミコフ。
コーナーに詰まったハシミコフにビガロがタックル狙いの突進、
しかしハシミコフは状態を低く下げてタックルの体勢からビガロをリフトアップ!
物凄い歓声の中、ビガロをリフトアップした状態でリング中央に移動したハシミコフは変形の肩車で豪快にビガロを後方に叩きつけた。
暴れるビガロをガッチリと片エビに押さえ込んでカウント3!ビガロはカウントスリーが入ったのか、とアピール。
ハシミコフの肩車(のちに水車落としと命名される)は迫力、短時間ながら両者の持ち味が出た好試合。
メインの猪木対チョチョシビリ、ソ連戦士の東京ドーム登場の発表の初期時点では
猪木の対戦相手はレスリングオリンピック76年モントリオールフリー+100kg級金、
80年モスクワフリー+110kg級金のソスラン・アンディエフが発表されていたが
「交通事故」による負傷のため、76年モントリオール柔道軽重量級金のチョチョシビリに変更になった。
試合はノーロープ円形リングで行われ、猪木はアマレスのレスリングシューズで登場。
チョチョシビリは黒帯を締めた柔道着に裸足。
猪木は1R、早くもバックドロップ、これはあまり効果なし。
2R、チョチョシビリが腕ひしぎ逆十字、レフェリーがブレイクを指示するもチョチョシビリ離さず。
この攻撃で猪木は左腕を負傷した様子、だらりと左腕は下がったままになりこの時点で勝負あった。
左腕が使えない猪木はアリキック、浴びせ蹴りで攻撃するが著しくバランスを欠いて効果なし。
グランドで上になった猪木はチョチョシビリの柔道着の後ろ襟の部分に噛み付く。何か執念のようなものを感じる。
猪木が劣勢のままラウンドが進む、ドームに重苦しい雰囲気が漂う・・・。
第5ラウンド、チョチョシビリの裏投げ―柔道流バックドロップが炸裂。
左腕の負傷で受身が思うように取れない猪木は、まともに背中から後頭部をマットに叩きつけられた。
さらにチョチョシビリの2発目、3発目の裏投げが決まり、立ち上がれない猪木はノックアウトの10カウントを聞いた。
昭和51年、史上初の「格闘技世界一決定戦」でオランダの柔道王ウィリエム・ルスカをバックドロップ3連発のTKO勝ちで破った猪木は
14年後15勝2引き分けの無敗で迎えた18戦目で、バックドロップのルーツともいえる裏投げの、同じ柔道家の3連発でノックアウト負けを喫した。
結果は翌日の一般スポーツ紙にも掲載された・・・、まさに衝撃のペレストロイカ。
(2005.0522)
1989(平成元)年4月24日 東京ドーム
新日本プロレス「'89格闘衛星★闘強導夢」
観客5万3800人
1.ヤング闘強導夢杯決勝戦30分1本勝負
○佐野直喜(エビ固め、10:43)H斉藤●
*佐野が優勝。
2.IWGPヘビー級王座&闘強導夢杯争奪トーナメント1回戦30分1本勝負
○B.ベイダー(体固め、5:52)蝶野正洋●
3.同トーナメント1回戦30分1本勝負
○藤波辰巳(三角締め、4:51)V.ベルコビッチ●
4.同トーナメント1回戦30分1本勝負
○V.ザンギエフ(原爆固め、3:56)B.ソイヤー●
5.同トーナメント1回戦30分1本勝負
○橋本真也(エビ固め、3:41)長州力●
6.マーシャルアーツ2分5R
△B.ユキーデ(5R引き分け)飛鳥信也△
7.トーナメント準決勝30分1本勝負
○B.ベイダー(片エビ固め、14:37)藤波辰巳●
8.トーナメント準決勝30分1本勝負
○橋本真也(足4の字固め、7:28)V.ザンギエフ●
9.30分1本勝負
○W.エブロエフ(飛びつき逆十字固め、5:28)M斉藤●
10.トーナメント決勝60分1本勝負
○B.ベイダー(体固め、9:47)橋本真也●
*ベイダーが闘強導夢杯獲得と第4代IWGPヘビー級王者となる。
11.30分1本勝負
○S.S.マシン、G高野(魔神風車固め、17:10)越中、馳●
12.30分1本勝負
○獣神ライガー(獣神原爆固め、9:55)小林邦明●
*獣神ライガーデビュー戦。
13.30分1本勝負
○S.ハシミコフ(片エビ固め、2:26)C.B.ビガロ●
14.異種格闘技戦3分10R
○S.チョチョシビリ(KO、5R1:20)A.猪木●
註1:その後の調査であやめ池大会の観客動員数は「幻の記録」らしいことが判明→こちら
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